プント国

古代エジプト文明とその南東に位置したとされる謎の国、プント（プゥエネト）。この国は、エジプトにとって極めて重要な貿易相手であり、当時のエジプト人は畏敬の念を込めて「神の国（タ・ネチェル）」とも呼びました。プントは、エジプトが渇望した金、香料（特に乳香と没薬）、貴重な木材であるアフリカン・ブラックウッドやコクタン、象牙、さらには奴隷や珍しい野生動物など、多岐にわたる富をもたらしました。

「神の国」の由来

プントが「神の国」と呼ばれた背景にはいくつかの説があります。一つは、エジプトの主神である太陽神ラーが昇る方角、すなわちエジプトから見て南東に位置したこと。もう一つは、プントから輸入された香料、特に乳香が神殿での儀式に不可欠であったことが挙げられます。しかし、エジプト東方や北東方からも神殿用の木材などがもたらされ、「神の国」と呼ばれる地域はプントに限らなかった可能性も指摘されています。また、古い文献には「神の土地は祖先の土地を意味し、エジプト人はプント方面から移動してきた」とする、人類の起源に関わるような説も提唱されています。

所在地の論争

プントの正確な位置については、古代から現代に至るまで定説がありません。多くの研究者は、紅海南部からアデン湾にかけてのアフリカ東部沿岸地域、具体的には現代のソマリア、ジブチ、エリトリア、スーダンの一部に比定しています。この説を裏付ける主な根拠は、ハトシェプスト女王葬祭殿に残るプント遠征のレリーフに描かれた物産です。金、没薬、コクタン、象牙といった品々や、キリン、ヒヒ、カバ、ヒョウといった野生動物は、アフリカ東部には豊富ですが、アラビア半島には見られないものが多いためです。特に、古代エジプトのヒヒのミイラのDNA分析により、現在のエリトリア周辺に生息する個体群との遺伝的近縁性が示されたことは、プントがエリトリアのアドゥリス周辺であった可能性を示唆するものとして注目されています。ブリタニカ百科事典も、プントをエリトリア、ソマリア、ジブチ沿岸の地域名として紹介しています。一方で、古代エジプトの文献における周辺地域の記述などを基に、アラビア半島南部にプントがあったと主張する学者も存在し、論争は続いています。

古代エジプトとの交易史

プントとエジプトの交易は、非常に古くから行われていました。最古の記録は、紀元前26世紀、エジプト第4王朝のクフ王の時代に黄金がもたらされたというものです。その後、第5王朝のサフラー王やウナス王の時代にもプントとの交易が確認されており、没薬などがエジプトに輸入されました。第6王朝もプントとの関わりを示す記録を残しています。

中王国時代に入ると、プントへの航海はさらに組織化されます。第11王朝のメンチュヘテプ3世の頃には、ハンヌという人物がプント遠征を計画した記録がありますが、実現したかは不明です。この時代には、紅海への陸路の整備が進みました。第12王朝のセンウセルト1世やアメンエムハト2世の時代には、プントへの探検隊が派遣され、成功を収めています。当時の文学作品「難破した水夫の物語」には、プント国の詳細な描写が登場し、当時のエジプト人にとってプントがどのようなイメージを持たれていたかを知る手がかりとなっています。

プントとの交易が最も盛んに行われたのは、紀元前15世紀、新王国時代の第18王朝期です。特にハトシェプスト女王は、この交易に並々ならぬ熱意を示しました。彼女はカルナック神殿の建設資金を調達するため、ヌビアの金を財源に大規模な紅海艦隊を編成し、約500年ぶりにプントへの大規模な遠征を行いました。この遠征の様子は、女王の葬祭殿の壁面に詳細なレリーフとして記録されています。レリーフには、5隻からなる船団の航海、プントの人々との交流、そして持ち帰られた宝物（生きた香の樹、香料、コクタン、金、象牙、動物など）が描かれています。当時のプントの王パラフと王妃アティ、高床式の住居なども描写されています。この記録からは、エジプト側が有利な不平等貿易であったかのような解釈も可能ですが、実際には青銅製品などを対価とする交易が行われ、プントの王もエジプト使節を歓迎したとする説もあり、解釈は分かれています。当時のエジプト人にとって、プントへの航海は現代の月旅行に匹敵するほどの困難な事業であったと言われています。ハトシェプスト女王は、航海の成功を神アメンに祈願し、生きた香の樹を持ち帰ることを決意しており、実際に葬祭殿近くからその種類の木片が発見されています。第18王朝では、トトメス3世やアメンホテプ3世の時代にもプント交易が続けられました。

プントとの交易は第20王朝の初期まで続いた記録がありますが、新王国時代の終焉とともに、この活発な交流は途絶えてしまったと考えられています。

交易路と終焉

プントへの交易路は、主にナイル川を遡上し、コプトスなどの地点で船荷を降ろし、ロバや人によって陸路で紅海沿岸（ワディ・ハンママートなどの涸れ川を利用した道）まで運び、そこで再び船に積み替えて紅海を南下するというルートが一般的でした。ラムセス3世の時代（第20王朝初期）の旅程が記されたパピルスからも、この複合的な輸送経路が確認されています。

新王国時代の終焉後、プントに関する記録はほとんど見られなくなります。かつて「神の国」と呼ばれ、富をもたらしたこの地は、次第に神話や伝説の国へと姿を変え、現実離れした理想郷として語られるようになりました。南部の強国クシュと同盟してエジプトを攻撃したとする第17王朝時代の記録も発見されており、プントが単なる交易相手ではなく、時には敵対する勢力と見なされていた可能性も示唆されています。しかし、交易の途絶がプント側の要因によるものか、エジプト側の衰退によるものかは明確ではありません。

プント国は、古代エジプトの経済と文化に深く関わった重要な存在でしたが、その地理的な位置や歴史の詳細は未だ多くの謎に包まれており、現代の研究者たちの探求が続いています。

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