ヘルツェグ＝ボスナ・クロアチア人共和国

ヘルツェグ＝ボスナ・クロアチア人共和国とは

ヘルツェグ＝ボスナ・クロアチア人共和国（Hrvatska Republika Herceg-Bosna）は、1990年代前半にボスニア・ヘルツェゴビナからの分離を宣言し、事実上独立していた国家です。ボスニア紛争という激動の時代において、国際的な承認を得ることなく、1991年から1994年までの短い期間のみ存在しました。首都はモスタルと定められましたが、政治情勢が不安定であったため、実際の政府機能は近隣のグルデに置かれました。その後、ワシントン合意によってボスニア・ヘルツェゴビナ連邦に統合されました。

現在、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦内の第十県が「ヘルツェグ＝ボスナ県」という名称を使用していますが、この名称は連邦憲法裁判所によって違憲と判断されています。ただし、この地域を指す通称として「ヘルツェグ＝ボスナ」という言葉は依然として広く使われています。

本稿では、歴史的背景を考慮し、「ムスリム人」という呼称が「ボシュニャク人」に言い換えられる以前の記述についても、「ボシュニャク人」という言葉を使用します。

歴史的背景

クロアチアの与党であったクロアチア民主同盟（HDZ）は、ボスニア・ヘルツェゴビナにも支部（HDZBiH）を設立し、影響力を拡大しました。1991年末には、HDZBiH内部の過激派が、マテ・ボバンやダリオ・コルディッチらの指導の下、フラニョ・トゥジマン・クロアチア大統領の支援を受け、党の主導権を握るようになりました。

1991年 11月18日、これらの過激派は「ヘルツェグ＝ボスナ・クロアチア人共同体」の設立を宣言し、政治、文化、経済、領土において独立した存在であると主張しました。しかし、マテ・ボバンやダリオ・コルディッチらは後に旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷（ICTY）によって戦争犯罪人として訴追されることになります。HDZは、「ヘルツェグ＝ボスナ」地域における各自治体で強い影響力を持ち、クロアチア人によるボシュニャク人住民に対する民族浄化や人道に対する罪に関与しました。

ヘルツェグ＝ボスナ成立後、特に1992年 5月以降は、非クロアチア人（主にボシュニャク人）に対する差別と弾圧が激化しました。クロアチア防衛評議会（HVO）は、地域の政府や公共サービスを支配下に置き、ボシュニャク人の指導者を追放したり、社会的に排除したりしました。また、メディアを掌握し、クロアチア人の意識を高めるためのプロパガンダを流布しました。地域内ではクロアチアの紋章や通貨が使用され、クロアチア語が学校教育に導入されました。多くのボシュニャク人やセルビア人が職を失い、生活保護の配給においても差別を受けました。ボシュニャク人に対する嫌がらせも頻発し、多くの人々が強制収容所（ヘリドロム、ドレテリ、ガベラなど）に送られました。

1993年 8月28日、ボシュニャク人側が拒否したものの、地元のHDZ指導者らはボスニア・ヘルツェゴビナを民族別に3分割するジュネーヴ和平交渉に臨みました。その後、ヘルツェグ＝ボスナはヘルツェグ＝ボスナ・クロアチア人共和国と自称するようになりましたが、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府や国際社会によって国家として承認されることはありませんでした。ボスニア・ヘルツェゴビナ憲法裁判所は、1992年9月14日と1994年 1月20日の二度にわたり、その存在を違憲と判断しました。

ヘルツェグ＝ボスナの指導者であったヤドランコ・プルリッチ、ブルノ・ストイッチ、スロボダン・プラリャクらは、人道に対する罪、ジュネーヴ条約違反、戦時法規違反などの罪でICTYに起訴されました。戦争と平和報道機関（IWRP）によると、フラニョ・トゥジマンとヘルツェグ＝ボスナ指導者との間の密談記録から、ボスニア・ヘルツェゴビナを解体し、セルビアとの間で分割する意図があったことが示唆されています。

その後の動き

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争終結後も、ヘルツェグ＝ボスナを同国の第3の構成体として復活させようとする動きが何度か見られました。2005年には、当時の大統領評議会議員であったイヴォ・ミロ・ヨヴィッチが、「ボスニアのセルビア人がスルプスカ共和国を持つことができるのなら、我々もクロアチア人共和国を作るべきだ」と主張しました。

その後、大統領評議会のクロアチア人代表となったジェリコ・コムシッチはこの考えを積極的に広めていませんが、依然として多くのクロアチア人政治家が、ボスニア・ヘルツェゴビナ領内にクロアチア人主体による政治的な地域を求める立場を表明しています。

ボスニア・ヘルツェゴビナの主要なクロアチア人政党であるHDZBiHの党首ドラガン・チョヴィッチは、ボスニア・ヘルツェゴビナを民族ごとの構成体に分割し、サラエヴォをいずれの構成体にも属さない地域とすることを提案しています。また、クロアチア人が他の民族と完全に同等の権利を保障されるよう、憲法改正を目指すべきだと主張しています。

スルプスカ共和国の首相ミロラド・ドディクは、このような動きを支持する姿勢を示しています。

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