ベイチュの聖母
『ベイチュの聖母』（La Madonna Bache）は、盛期ルネサンスを代表するヴェネツィア派の巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1508年頃に描いた油彩画です。この作品は、聖母子を主題とし、ティツィアーノの初期の作風を色濃く示しています。長らくイギリスのエクセター侯爵家が所蔵していましたが、後にアメリカの美術収集家ジュール・ベイチュのコレクションに加わり、その名にちなんで『ベイチュの聖母』と呼ばれるようになりました。
画面には、ゆったりとした姿勢で幼児イエスを抱く聖母マリアが描かれています。聖母は伝統的な赤いドレスと青いマントをまとい、半透明のヴェールを頭に被っています。膝の上には同様の半透明の布が敷かれ、その上に幼いキリストが座っています。聖母は静かな表情で息子を見つめており、母子の頭部には光輪が描かれています。画面左端には深い緑のカーテンが垂れ下がり、右側には根元で繋がった二本の樹木が描かれ、その奥には遠くまで広がる風景が広がっています。
この作品は、聖母と幼子キリストの間の深い絆を表現しようとするティツィアーノの試行錯誤が見られる初期の作品の一つです。科学的な調査により、ティツィアーノは当初、聖母を直立した姿勢で描こうとしていたことが判明しました。しかし、最終的には聖母の姿勢をリラックスしたものに変えることで、鑑賞者が母子の愛情に満ちた親密な瞬間を感じられるようにしました。また、背景に描かれた二本の樹木は、聖母と幼児イエスの関連性を象徴的に表現しています。
美術史家のデビッド・アラン・ブラウンは、この作品がエルミタージュ美術館所蔵のレオナルド・ダ・ヴィンチ作とされる『リッタの聖母』との類似性を指摘しています。また、ゲオルク・グロナウは、幼児キリストがジョヴァンニ・ベッリーニの晩年の作品に、聖母がパルマ・イル・ヴェッキオの女性像にそれぞれ似ていると述べています。ティツィアーノの初期作品との比較では、アカデミア・カッラーラ所蔵の『ロキスの聖母』や、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の『聖家族と羊飼い』との関連性が指摘されています。
ただし、絵画の保存状態は良好とは言えません。過去に損傷と大規模な修復を受けているため、ティツィアーノの真筆であるかどうかを曖昧にさせる要因となっています。
作品の帰属については、多くの研究者がティツィアーノの作品であるという見解で一致しています。1815年にトーマス・ブロアがティツィアーノの作品として言及したのが最初です。その後、美術評論家のジョヴァンニ・バティスタ・カヴァルカゼルと美術史家のジョゼフ・アーチャー・クロウがプラド美術館所蔵の『聖母子と聖ドロテア、聖ゲオルギウス』との関連性から、この作品をティツィアーノの作として支持しました。一部にジョルジョーネやドメニコ・カプリオーリとする説もありましたが、それらは研究史の初期段階のもので、現在ではほぼティツィアーノの作として認められています。ただし、デビッド・アラン・ブラウンは1990年にティツィアーノの作ではないとし、ドメニコ・マンチーニの作であると主張しました。
制作年代については、一般的にティツィアーノの初期の作品と考えられています。リオネロ・ヴェントーリやバーナード・ベレンソンは1510年頃、ロドルフォ・パッルッキーニは1511年頃、ポール・ジョアニデスは1512年頃と推定しました。フランチェスコ・ヴァルカノーヴァは当初1510年頃としていましたが、後に1507年頃に修正しました。フィリッポ・ペドロッコは1507年から1508年頃、パトリシア・メイルマンは1506年頃としています。近年では、より古い作品とする傾向が強まっています。
この絵画の最初の記録に残る所有者は、パリの実業家であり美術収集家でもあったジャン・ド・ジュリエンヌです。1756年頃にジャン＝バティスト＝フランソワ・ド・モンチュレが編集した『ド・ジュリエンヌ氏の絵画目録』には、この作品と思われる絵画の図像が含まれています。その後、この絵画はイギリスの貴族である第9代エクセター伯爵ブラウンロー・セシルが所有し、1793年に伯爵が亡くなると、甥の初代エクセター侯爵ヘンリー・セシルに相続されました。以後、エクセター侯爵家が所有していましたが、第3代エクセター侯爵ウィリアム・アレイン・セシルが1888年に美術収集家のロバート・ヘンリー・ベンソン夫妻に売却しました。1927年にデュヴィーン・ブラザーズに売却された後、翌年にはアメリカの財務長官を務めたアンドリュー・メロンが購入しました。メロンは後にこの絵画を銀行家であり慈善家、美術収集家であったジュール・ベイチュに27万5,000ドルで売却しました。この絵画がメトロポリタン美術館に遺贈されたのは、ジュール・ベイチュの死後である1949年でした。
作品の詳細
画面には、ゆったりとした姿勢で幼児イエスを抱く聖母マリアが描かれています。聖母は伝統的な赤いドレスと青いマントをまとい、半透明のヴェールを頭に被っています。膝の上には同様の半透明の布が敷かれ、その上に幼いキリストが座っています。聖母は静かな表情で息子を見つめており、母子の頭部には光輪が描かれています。画面左端には深い緑のカーテンが垂れ下がり、右側には根元で繋がった二本の樹木が描かれ、その奥には遠くまで広がる風景が広がっています。
この作品は、聖母と幼子キリストの間の深い絆を表現しようとするティツィアーノの試行錯誤が見られる初期の作品の一つです。科学的な調査により、ティツィアーノは当初、聖母を直立した姿勢で描こうとしていたことが判明しました。しかし、最終的には聖母の姿勢をリラックスしたものに変えることで、鑑賞者が母子の愛情に満ちた親密な瞬間を感じられるようにしました。また、背景に描かれた二本の樹木は、聖母と幼児イエスの関連性を象徴的に表現しています。
美術史家のデビッド・アラン・ブラウンは、この作品がエルミタージュ美術館所蔵のレオナルド・ダ・ヴィンチ作とされる『リッタの聖母』との類似性を指摘しています。また、ゲオルク・グロナウは、幼児キリストがジョヴァンニ・ベッリーニの晩年の作品に、聖母がパルマ・イル・ヴェッキオの女性像にそれぞれ似ていると述べています。ティツィアーノの初期作品との比較では、アカデミア・カッラーラ所蔵の『ロキスの聖母』や、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の『聖家族と羊飼い』との関連性が指摘されています。
ただし、絵画の保存状態は良好とは言えません。過去に損傷と大規模な修復を受けているため、ティツィアーノの真筆であるかどうかを曖昧にさせる要因となっています。
帰属と制作年代
作品の帰属については、多くの研究者がティツィアーノの作品であるという見解で一致しています。1815年にトーマス・ブロアがティツィアーノの作品として言及したのが最初です。その後、美術評論家のジョヴァンニ・バティスタ・カヴァルカゼルと美術史家のジョゼフ・アーチャー・クロウがプラド美術館所蔵の『聖母子と聖ドロテア、聖ゲオルギウス』との関連性から、この作品をティツィアーノの作として支持しました。一部にジョルジョーネやドメニコ・カプリオーリとする説もありましたが、それらは研究史の初期段階のもので、現在ではほぼティツィアーノの作として認められています。ただし、デビッド・アラン・ブラウンは1990年にティツィアーノの作ではないとし、ドメニコ・マンチーニの作であると主張しました。
制作年代については、一般的にティツィアーノの初期の作品と考えられています。リオネロ・ヴェントーリやバーナード・ベレンソンは1510年頃、ロドルフォ・パッルッキーニは1511年頃、ポール・ジョアニデスは1512年頃と推定しました。フランチェスコ・ヴァルカノーヴァは当初1510年頃としていましたが、後に1507年頃に修正しました。フィリッポ・ペドロッコは1507年から1508年頃、パトリシア・メイルマンは1506年頃としています。近年では、より古い作品とする傾向が強まっています。
来歴
この絵画の最初の記録に残る所有者は、パリの実業家であり美術収集家でもあったジャン・ド・ジュリエンヌです。1756年頃にジャン＝バティスト＝フランソワ・ド・モンチュレが編集した『ド・ジュリエンヌ氏の絵画目録』には、この作品と思われる絵画の図像が含まれています。その後、この絵画はイギリスの貴族である第9代エクセター伯爵ブラウンロー・セシルが所有し、1793年に伯爵が亡くなると、甥の初代エクセター侯爵ヘンリー・セシルに相続されました。以後、エクセター侯爵家が所有していましたが、第3代エクセター侯爵ウィリアム・アレイン・セシルが1888年に美術収集家のロバート・ヘンリー・ベンソン夫妻に売却しました。1927年にデュヴィーン・ブラザーズに売却された後、翌年にはアメリカの財務長官を務めたアンドリュー・メロンが購入しました。メロンは後にこの絵画を銀行家であり慈善家、美術収集家であったジュール・ベイチュに27万5,000ドルで売却しました。この絵画がメトロポリタン美術館に遺贈されたのは、ジュール・ベイチュの死後である1949年でした。
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