ペイシストラトス (ギリシア神話)

ペイシストラトス（古希: Πεισίστρατος, Peisistratos）は、古代ギリシアの神話に登場する人物です。ピュロスを治めた高名な王ネストールの息子として知られ、その母親については、クリュメノスの娘エウリュディケー、あるいはクラティエウスの娘アナクシビアーという二つの伝承があります。彼は多くの兄弟姉妹に恵まれており、ペルセウス、ストラティオス、アレートス、エケプローン、アンティロコス、トラシュメーデースという兄弟たち、そしてペイシディケー、ポリュカステーという姉妹がいました。また、彼自身にも同じ名を持つ息子、ペイシストラトスがいたと伝えられています。

彼の名は、ホメロスが著した叙事詩『オデュッセイア』の中で登場し、重要な役割を果たします。トロイア戦争の英雄オデュッセウスの息子であるテーレマコスが、父の消息を求めてピュロスを訪れた際、ネストールの命を受けたペイシストラトスが、テーレマコスをスパルタの王メネラーオスのもとへ案内する旅に同行しました。このときのペイシストラトスは、まだ若く、妻を迎える前の青年でしたが、槍の扱いに長け、将来優れた武将となるべき才能を持っていることがうかがえる描写がなされています。彼は、トロイア戦争で勇戦し戦死した兄アンティロコスとは、生まれる時期が異なったためか、面識がなかったとされています。

ペイシストラトスという名前は、歴史上の人物との関連でも注目されます。紀元前6世紀頃にアテナイで僭主として権力を握ったペイシストラトスは、ネストールの子孫であると主張し、その名前も祖先の神話上の英雄にちなんで付けられたという説が存在します。一方で、これとは全く異なる見解も提唱されています。すなわち、『オデュッセイア』に登場するペイシストラトスは、むしろアテナイの僭主ペイシストラトスの存在を前提として、彼の権威付けのために後から創造された人物であり、したがって『オデュッセイア』の現在の形は紀元前6世紀頃のアテナイで成立したのではないかという説です。このように、神話上のペイシストラトスは、単なる英雄伝の登場人物にとどまらず、古代ギリシアの歴史や文学作品の成立を巡る議論とも深く結びついています。

彼の生涯に関する情報は、『オデュッセイア』をはじめとする古代の叙事詩や文献を通じて伝えられており、父ネストール、そして旅の仲間となったテーレマコスとの関係性の中で、その人物像が浮かび上がってきます。特にテーレマコスとの旅は、青年期の英雄たちが困難に立ち向かう物語の一部として描かれ、ペイシストラトスの若々しい活力が印象的に描写されています。彼がスパルタへの長旅を無事果たし、テーレマコスの探索活動を支えたことは、ネストール家の忠誠心と若き才能を示すエピソードとして記憶されています。

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