ペスト医師

ペスト医師：黒死病と戦った医師たち

ペスト医師（plague doctor）とは、黒死病（腺ペスト）がヨーロッパで猛威を振るった時代に、ペスト患者の治療を専門に行った医師のことです。当時の都市は、ペスト患者の対応を専門とする医師を特別に雇用し、その報酬を支払っていました。そのため、ペスト医師は貧富の差に関わらず、公平に患者を治療することが求められました。

しかし、ペスト医師の多くは、必ずしも一流の医師ではありませんでした。経験の浅い若い医師や、他の場所では十分な収入を得られない二流の医師が、ペスト医師の職に就くことも少なくありませんでした。フランスやオランダでは、医学知識が乏しい者がペスト医師になることもあり、「実験主義者」と揶揄されることもありました。

ペスト医師の役割

ペスト医師は、都市との契約に基づき、ペスト患者の治療を行う「地域ペスト医」として知られていました。一方で、一般的な開業医も存在し、一つの都市に両者が共存することも珍しくありませんでした。ペスト医師の主な役割は、以下の通りです。

ペスト患者の治療と看護
ペストによる死者数の記録
死因や伝染病の影響の特定のための剖検
遺言書の作成
死を前にした患者への助言

ペスト医師の衣装

17世紀から18世紀にかけて、ペスト医師は独特の衣装を身につけるようになりました。これは、瘴気（悪い空気）が感染源であると考えられていた時代に、身を守るためのものでした。典型的な衣装は以下の通りです。

嘴状のマスク: マスクの中には、香辛料やハーブが詰められていました。これは、瘴気を吸い込むのを防ぐためと信じられていました。
全身を覆うガウン: 表面に蝋を引いた重い布や革製のガウンは、肌の露出を最小限に抑え、感染から身を守る役割を果たしました。
つば広帽子: 公式な身分を示すとともに、頭部を保護する役割がありました。
* 木の杖: 患者に直接触れることなく診察するための道具であり、ペスト医師の象徴でもありました。

マスクの嘴に詰められた香りの良いものとしては、アンバーグリス、バームミント、ショウノウ、クローブ、アヘンチンキ、没薬、バラの花びら、エゴノキなどがありました。目の部分には赤いアイピースがはめ込まれることもありましたが、これは悪霊を払うため、あるいは患者の視線からの感染を防ぐためだと考えられていました。

ペスト医師の治療法

ペスト医師は、瀉血やヒルを使った治療など、「体液の均衡を取り戻す」ことを目的とした治療法を主に行っていました。しかし、これらの治療法が実際にペストに効果があったかどうかは定かではありません。むしろ、患者と接することで、ペスト医師自身が感染するリスクも高く、非常に危険な仕事でした。

ペスト医師の苦難

ペスト医師になることは、決して喜ばしいことではありませんでした。非常に辛く危険な仕事であり、ペストが大流行した時代に彼らが生き残る可能性は、ほんの僅かでした。しかし、彼らは人々のために、自らの危険を顧みず、ペストの治療と予防に尽力しました。

著名なペスト医師

ペストの治療や予防対策に携わった有名なペスト医師としては、ノストラダムスが挙げられます。彼は、1546年にエクス＝アン＝プロヴァンスでペストが大流行した際に市当局に雇われました。彼は、バラやショウブなどを混ぜた自身の丸薬が効果があったと述べています。

イタリアのパヴィーアでは、1479年にジョバンニ・ド・ヴェントゥーラという人物を地域ペスト医として雇っています。アイルランドの医者であるネラヌス・グラサヌスは、何人ものペスト患者を治療した勇気を讃えられ、スペイン、フランス、イタリアで大変な尊敬を受けていました。錬金術師として有名なパラケルススもまた、中世のペスト医師の一人です。

まとめ

ペスト医師は、黒死病の時代に人々の命を救うために尽力した、勇敢な医師たちでした。彼らの仕事は危険で困難なものでしたが、彼らの献身的な働きは、人々に希望を与えました。現代の医療技術から見れば、彼らの治療法は原始的だったかもしれませんが、彼らの勇気と献身は、歴史に深く刻まれています。

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