ボリバル・フエルテ

ボリバル・フエルテ：ベネズエラの通貨、その栄光と終焉

ボリバル・フエルテ（Bolívar Fuerte）は、かつてベネズエラで流通していた通貨です。2008年1月1日に、それまでのボリーバルに代わって導入されました。しかし、ハイパーインフレーションの深刻化により、2018年8月20日に10万ボリバル・フエルテを1ボリバル・ソベラノとするデノミネーションが実施され、その役割を終えました。

概要

2007年3月、ベネズエラ政府は、旧ボリーバルから1000分の1のデノミネーションを行うと発表し、新通貨の名称を「ボリバル・フエルテ」（強いボリバルの意）としました。当時、ウゴ・チャベス大統領によるボリバル革命以降、ベネズエラは政情不安と高いインフレに苦しんでおり、デノミネーションには経済的な混乱を抑制する狙いがありました。

流通開始当初の2008年、公定レートは1ドル＝2.15ボリバルでしたが、同時期の実勢レートは1ドル＝5ボリバル前後と、すでに大きな乖離が見られました。2010年代に入ると、原油価格の下落や政府の反米政策による諸外国との関係悪化などから国内経済が疲弊し、実勢レートは1ドル＝50〜100ボリバルまで下落。2016年には1ドル＝1000ボリバルにまでレートが悪化しました。2008年から2016年までのインフレ率は2,000%を超え、ベネズエラはかつてないほどの急速なインフレーションに見舞われました。しかし、ベネズエラ政府は実勢レートの存在を否定し、公定レートを実勢レートから大幅に乖離した1ドル＝10ボリバル弱に固定したため、外貨建てでの電子決済時に決済額が非常に高額になるなどの問題が発生しました。

2016年12月、ウゴ・チャベスの後継者であるニコラス・マドゥロ大統領は、新たに500〜20000ボリバルの高額紙幣を発行することを発表しました。しかし、その数日後には「米国と結託した犯罪組織が海外に大量の100ボリバル紙幣を流出させ、ベネズエラ経済を攻撃している」として、72時間後に100ボリバル紙幣を廃止し、価値を消滅させると発表、同時に国境を封鎖しました。

外貨を持たない国民は100ボリバル紙幣の束で日々の生活を送っていたため、この突然の決定は国内に大きな動揺を引き起こし、銀行や両替所で大規模なパニックが発生しました。72時間後の交換期限を過ぎても中央銀行に新紙幣が届かず、各地の銀行では集まった人々の一部が反政府デモや暴動を起こすなど、混乱を極めました。

政府のこの措置は、すでに疲弊していたベネズエラの経済全体にさらなる混乱をもたらし、多くの国民が財産を失い、貧困に陥るという悲惨な状況を生み出しました。新紙幣の流通開始後もインフレは悪化の一途をたどり、2018年には8万%のインフレ率を記録し、ハイパーインフレーションとなりました。レートも1ドル＝100〜500万ボリバルまで悪化し、イラン・リヤルと並んで世界で最も価値の低い通貨の一つとなりました。この頃から、ベネズエラ中央銀行はドルとの固定レートを廃止し、政府がそれまで否定してきた実勢レートに準じた99%以上の通貨切り下げを実施しました。

2018年の通貨切り替え

2018年8月21日、ニコラス・マドゥロ大統領は、悪化の一途をたどるハイパーインフレーションに歯止めをかけるため、10万分の1という大規模なデノミネーションを実施し、新通貨であるボリバル・ソベラノの流通を開始しました。

中央銀行は新通貨の流通開始時に、補助通貨として高額面のボリバル・フエルテ紙幣も引き続き使用できるとしましたが、最高額紙幣の10万ボリバルでもわずか1〜2円程度の価値しかなく、それより額面の低い紙幣は価値がほぼ完全に消滅していました。そのため、これらの低額紙幣は折り紙や芸術作品の材料にされたり、ゴミとして捨てられたりしました。2018年末頃には、大量の紙幣が落ち葉のように散乱したまま放置されている様子が国内の至る所で見られ、ベネズエラ国民のボリバルに対する信用は完全に失墜していました。

硬貨・紙幣

2008年から2016年までの通貨

硬貨

1・5・10・12½・25・50センティモ、1ボリバルの硬貨が発行されていました。1・5センティモ硬貨は銅メッキ鋼鉄製、10・12½・25・50センティモ硬貨はニッケルメッキ鋼鉄製でした。これらのセンティモ硬貨の表面には額面、裏面にはベネズエラの国章が描かれています。1ボリバル硬貨は外周が黄銅、内側が白銅のバイメタル貨で、表面にはシモン・ボリバルの肖像、裏面には額面とベネズエラの国章が描かれていました。

この貨幣体系の中で、特に12½センティモ硬貨は1/8ボリバルに相当しますが、この硬貨の存在のために現金の最小単位は½センティモとなっていました。また、金額を厳密に取り扱おうとする場合、センティモの整数部分が11以下で、かつ½センティモの端数を持つ金額を現金で直接表現する方法は存在しませんでした。

インフレーションの進行によって、補助通貨は2010年代初頭には有名無実化しました。

紙幣

2008年に流通が始まった紙幣は、2・5・10・20・50・100ボリバルでした。これらの紙幣はイギリスのデ・ラ・ルー社が製造し、表面にはベネズエラの独立に深く寄与した人物、裏面にはベネズエラゆかりの野生動物とベネズエラの国立公園が描かれていました。すべての紙幣には耐久性向上のためのワニスコーティングが施され、10ボリバル以上の紙幣には額面が光学式変化インクで書かれ、ホログラム付きのセキュリティ・スレッドが組み込まれていました。

2010年代に進行したハイパーインフレーションによって、ボリバル・フエルテの価値は急落し、20ボリバル以下の少額紙幣は流通しなくなり、2017年初頭には最高額紙幣である100ボリバルの価値がわずか数円程度にまで下落しました。この頃から、ベネズエラの人々は価値が下がり続けるボリバルを捨て、コロンビアに渡って米ドルやコロンビア・ペソなどに両替し、ボリバルの代わりに使用するようになりました。

発行開始前の2007年末頃には、紙幣の草案と思われる画像がインターネット上に流出しており、それが本物であれば、アントニオ・ホセ・デ・スクレとジャガーネコが描かれた200ボリバル紙幣と、ラファエル・マリア・バラルトとブラウンケナガクモザルが描かれたさらに高額な紙幣が用意されていたことになります。

2016年から2018年までの通貨

硬貨

硬貨は10、50、100ボリバルの3種類でした。表面にはシモン・ボリバルの肖像、裏面には額面とベネズエラの国章が描かれていました。3種類とも同じ材質、絵柄であり、大きさのみが異なっていました。

紙幣

新たに発行された紙幣は500、1000、2000、5000、10000、20000ボリバルの6種類でした。コスト上の理由から、新紙幣は既存の紙幣から金額の単位と色味のみを変えたデザインとなりました。

ハイパーインフレの進行により、2017年には新たに100000ボリバル紙幣が発行されました。額面が100のままであり、100ボリバル紙幣にわずかな色味の変更を施しただけのややこしいデザインでした。

高額紙幣への切り替え前まで、紙幣の製紙はデ・ラ・ルー社のみに委託されていましたが、500、1000ボリバル紙幣は米クレーン・カレンシー社、2000ボリバル紙幣は露ゴズナク社が製紙を担当しました。

5000〜20000ボリバル紙幣は額面が光学的変化インクで印刷され、デ・ラ・ルー社のKinetic StarChromeと呼ばれる最先端の偽造防止技術が組み込まれていました。しかし、ベネズエラの国内経済の疲弊によってデ・ラ・ルー社への支払いが滞るなどしてコストダウンを迫られたためか、2018年4月頃からセキュリティスレッドのホログラムや光学的変化インク、耐久性向上のためのワニス加工が省略された紙幣が出回るようになりました。さらに、100000ボリバル紙幣に至っては、3社の用紙に加えてボリバル・ソベラノ用に準備されていた用紙が流用されたこともあり、セキュリティスレッドの種類や光学的変化インクの有無、透かしの図柄などが異なるものが5種類ほど混ざって流通するという事態になりました。これらの改刷は中央銀行による国民への周知が徹底されたとは言えず、中央銀行から発行された本物の紙幣であるにもかかわらず、偽札と騒がれることもありました。

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