ポイニクス

ポイニクス（古希: Φοῖνιξ, Phoinix）は、古代ギリシアの伝承に現れる人物名で、特に二人の著名な英雄が知られています。

ポイニクス（アゲーノルの子）

一人目は、ポイニーケー地方を支配したアゲーノール王と、その妻テーレパッサの間に生まれた息子です。彼はカドモス、キリクス、そしてゼウスによって誘拐されたエウローペーと兄弟にあたります。父アゲーノルの厳命を受け、ポイニクスは妹エウローペーの捜索へと旅立ちましたが、彼女を見つけ出すことはできませんでした。帰郷を諦めた彼は、故郷ポイニーケー、あるいはアフリカの地に移り住んだとされます。このポイニクスの血縁関係には複数の伝承があり、カッシオペイアの夫となりキリクスらの父、あるいはタソスやテーベーの祖父とされたり、またエウローペーやアドーニスの父、カッシオペイアとの間にカルメーをもうけ、カルメーがブリトマルティスの母となったなど、様々な説が語られています。

ポイニクス（アミュントルの子）

もう一人は、ボイオーティア地方のエレオーンを統治したアミュントルの息子です。彼にはアステュダメイアという兄弟がいました。ポイニクスは、伝説的な狩りであるカリュドーンの猪狩りに参加したと伝えられるほか、後にはトロイア戦争において、名高い英雄アキレウスやパトロクロスと共に戦場に赴きました。

父との確執と放浪

アミュントルの子ポイニクスの生涯には、父との深刻な対立が影を落とします。彼の父アミュントルは、妻である母を疎かにし、妾プティーアーを深く寵愛していました。心を痛めた母は、ポイニクスに妾プティーアーを誘惑し、父の愛情を妾から遠ざけるよう懇願しました。母の頼みを断りきれず、ポイニクスは妾に近づきましたが、この事態に気づいたアミュントルは激怒します。彼はポイニクスに対し、「お前の膝の上に、お前の子が乗ることは決してないだろう」という呪いをかけ、この誓いは冥界の王ハーデースと后ペルセポネーによって聞き届けられたとされます。父の呪いと仕打ちに憤ったポイニクスは、衝動的に父を殺害しようとしましたが、寸前のところで神々の介入によって思い止まりました。その後、ポイニクスはその場から逃れようとしますが、周囲の人々に引き止められ、交代で見張られることになります。しかし、ポイニクスは部屋の扉を打ち破り、ついに脱出を果たしました。彼はギリシア各地をあてもなくさまよった後、テッサリアー地方のプティーアを治めるペーレウス王のもとに庇護を求めました。ペーレウスはポイニクスを手厚く迎え入れ、彼をドロプス人の王として遇しました。

しかし、この父子間の出来事については、異なる伝承も存在します。歴史家アポロドーロスの伝えるところによれば、父の妾プティーアーがポイニクスに誘惑を試みたが拒絶されたため、報復としてポイニクスに犯されたとアミュントルに嘘を訴えたとされます。これを聞き、怒り狂ったアミュントルは、ポイニクスを盲目にしたといいます。視力を失ったポイニクスはペーレウスのもとに逃れ、ペーレウスは彼を賢者ケイローンのもとへと案内しました。ケイローンの手によって視力を回復したポイニクスは、その後ペーレウスによってドロプス人の王に任じられました。また、ペーレウスは自身の幼い息子アキレウスの世話をポイニクスに託しました。ポイニクスはアキレウスを非常に大切に養育し、幼いアキレウスもまた、ポイニクスを深く慕って育ったと伝えられています。

トロイア戦争での役割

トロイア戦争が勃発すると、ポイニクスはアキレウス陣営の重要な人物として活躍しました。アガメムノーン王が、戦いを拒否して引きこもっていたアキレウスを説得するため、使者としてオデュッセウスや大アイアースを派遣した際、ポイニクスもこの使節団に加わりました。彼はアキレウスにこれまでの恩義や戦況の厳しさを訴え、復帰を促しましたが、アキレウスは頑として耳を貸しませんでした。また、親友パトロクロスがアキレウスの武具を借りて戦場に出た際には、ポイニクスはパトロクロスが率いる第三部隊の指揮を執りました。アキレウスが戦死した後、ポイニクスはオデュッセウスと共にスキューロス島のリュコメーデース王のもとを訪れ、アキレウスの息子ネオプトレモスの参戦を求めました。戦争終結後、ポイニクスはネオプトレモス、そしてトロイアの予言者ヘレノスと共に、陸路でモロッソス人の国を目指しましたが、その旅の途中で生涯を終えました。

その他の情報

現代において、小惑星の一つである(4543) Phoinixは、このギリシア神話のポイニクスの名にちなんで命名されています。

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