マハーバーラタ (テレビドラマ)
1988年10月2日から1990年6月24日にかけて、インド国営放送のDD Nationalで放送されたテレビドラマ『マハーバーラタ』は、同名のヒンドゥー教叙事詩を壮大なスケールで映像化した作品です。全94話からなるヒンディー語の連続ドラマとして制作され、当時のインド社会にかつてないほど強い影響力を行使しました。
このドラマは、著名なプロデューサーであるB・R・チョープラーが手がけ、その息子のラヴィ・チョープラーが制作を指揮しました。音楽はラージ・カマルが担当し、脚本はウルドゥー語詩人のラーヒー・マスーム・レザーが、ヴィヤーサによる原作叙事詩を基に執筆しました。番組の衣装はMaganlal Dresswalaが提供しています。各話はおよそ45分の長さで、叙情的な歌詞と、聖典『バガヴァッド・ギーター』から引用された2節を組み合わせた印象的な主題歌で幕を開けました。
制作にかかった総費用は、当時の価値で9,000万ルピー、換算すると約130万USドルに上ると報じられています。キャスティングには興味深いエピソードがいくつかあります。アルジュナ役には、オーディションでは不合格だったフィローズ・カーンが、その特異な表現力から抜擢されました。後に彼は、この役名「アルジュン」を芸名として名乗るようになります。また、ビーマ役には、プロデューサーから「確固たる神話的なキャラクターを見いだせる」と評されたプラヴィーン・クマールが選ばれました。ドラウパディー役を巡っては、ジューヒー・チャーウラーを含む6人もの女優が候補に挙がりましたが、最終的にヒンディー語に長けていたルーパ・ガングリーがその座を射止めました。ドラマでは、各エピソードの冒頭で歴史家などが登場し、物語の背景にある神話や叙事詩そのものについて解説するコーナーが設けられ、視聴者の理解を深める工夫がなされました。
『マハーバーラタ』は放送が開始されるやいなや、たちまち圧倒的な人気を獲得しました。最高視聴率は驚異的な92%を記録し、インド全土で社会現象を巻き起こしました。毎週日曜日の午前9時からの放送時間帯には、多くの家庭で朝食の時間が繰り下げられたり、公共イベントがその時間を避けて組まれたりするほどでした。街中からタクシーが一時的に姿を消す現象まで起きたといいます。識字率がまだ低かった当時のインドにおいて、特撮映像を多用した娯楽性の高いこのドラマは、壮大な叙事詩の物語を広く国民に伝える重要な媒体となりました。特にクリシュナ役を演じたニティーシュ・バーラドワージは、出演者の中で最も人気を集めました。ドラマの人気は放送終了後も衰えず、1996年の報道によれば、再放送が国民の3分の1に視聴され、首都ニューデリーの交通量が激減するほどの影響力を持っていました。国外でも放送され、イギリスのBBCでは500万人の視聴者を獲得するなど、大きな反響を呼びました。
ドラマはその後、タミル語やベンガル語への吹き替え版が制作され、ウェブサイトや家庭用ビデオソフトとしても展開されました。放送後も多くの出演者がその名声を持続し、ビーシュマ役で知られたムケシュ・カンナは自身の会社名に役名を用いるほどになりました。ルーパ・ガングリーもベンガル語映画界で成功を収めています。この作品は、先行して放送された『ラーマーヤナ』と並び、インドにおける神話系テレビドラマの成功モデルとなりました。
文化人類学者のアナンダ・ミトラは、このドラマがインドの政治および社会に与えた影響について重要な指摘を行っています。本来、叙事詩『マハーバーラタ』の解釈や、そこに登場するクリシュナ神への信仰は、インドの地域ごとに多様な形で存在していました。しかし、全国ネットで放送されたテレビドラマは、この地域ごとの多様なイメージを、特定の、しばしばヒンドゥー至上主義に結びつくような一つの物語像へと集約し、国民の間に浸透させていきました。これにより、多神教であるヒンドゥー教において中心的な存在が必ずしも明確でなかったクリシュナが、ドラマを通じて明確な中心的位置を獲得するようになります。ミトラは、こうしたドラマの力が、ヒンドゥー原理主義勢力による国民への宣伝に利用され、1992年のアヨーディヤー・モスク襲撃事件のようなヒンドゥー教の排外主義的な動きに繋がった側面があると論じています。さらに、ヒンドゥー至上主義を掲げるインド人民党（BJP）が、1988年の総選挙で議席を大幅に増やし、1996年には国民会議派を破って第1党となり、1998年には連立政権を樹立するなど、政治的な勢力を急速に拡大した背景には、これらの神話ドラマ、特に『マハーバーラタ』の絶大な人気が追い風となった側面があるとの分析もなされています。
テレビドラマ『マハーバーラタ』は、単なる国民的娯楽番組という枠を超え、インド国民の日常生活、信仰、そして政治のあり方にまで深く干渉し、その後のインド社会の変容に大きな足跡を残した、歴史的な作品と言えるでしょう。
このドラマは、著名なプロデューサーであるB・R・チョープラーが手がけ、その息子のラヴィ・チョープラーが制作を指揮しました。音楽はラージ・カマルが担当し、脚本はウルドゥー語詩人のラーヒー・マスーム・レザーが、ヴィヤーサによる原作叙事詩を基に執筆しました。番組の衣装はMaganlal Dresswalaが提供しています。各話はおよそ45分の長さで、叙情的な歌詞と、聖典『バガヴァッド・ギーター』から引用された2節を組み合わせた印象的な主題歌で幕を開けました。
制作にかかった総費用は、当時の価値で9,000万ルピー、換算すると約130万USドルに上ると報じられています。キャスティングには興味深いエピソードがいくつかあります。アルジュナ役には、オーディションでは不合格だったフィローズ・カーンが、その特異な表現力から抜擢されました。後に彼は、この役名「アルジュン」を芸名として名乗るようになります。また、ビーマ役には、プロデューサーから「確固たる神話的なキャラクターを見いだせる」と評されたプラヴィーン・クマールが選ばれました。ドラウパディー役を巡っては、ジューヒー・チャーウラーを含む6人もの女優が候補に挙がりましたが、最終的にヒンディー語に長けていたルーパ・ガングリーがその座を射止めました。ドラマでは、各エピソードの冒頭で歴史家などが登場し、物語の背景にある神話や叙事詩そのものについて解説するコーナーが設けられ、視聴者の理解を深める工夫がなされました。
『マハーバーラタ』は放送が開始されるやいなや、たちまち圧倒的な人気を獲得しました。最高視聴率は驚異的な92%を記録し、インド全土で社会現象を巻き起こしました。毎週日曜日の午前9時からの放送時間帯には、多くの家庭で朝食の時間が繰り下げられたり、公共イベントがその時間を避けて組まれたりするほどでした。街中からタクシーが一時的に姿を消す現象まで起きたといいます。識字率がまだ低かった当時のインドにおいて、特撮映像を多用した娯楽性の高いこのドラマは、壮大な叙事詩の物語を広く国民に伝える重要な媒体となりました。特にクリシュナ役を演じたニティーシュ・バーラドワージは、出演者の中で最も人気を集めました。ドラマの人気は放送終了後も衰えず、1996年の報道によれば、再放送が国民の3分の1に視聴され、首都ニューデリーの交通量が激減するほどの影響力を持っていました。国外でも放送され、イギリスのBBCでは500万人の視聴者を獲得するなど、大きな反響を呼びました。
ドラマはその後、タミル語やベンガル語への吹き替え版が制作され、ウェブサイトや家庭用ビデオソフトとしても展開されました。放送後も多くの出演者がその名声を持続し、ビーシュマ役で知られたムケシュ・カンナは自身の会社名に役名を用いるほどになりました。ルーパ・ガングリーもベンガル語映画界で成功を収めています。この作品は、先行して放送された『ラーマーヤナ』と並び、インドにおける神話系テレビドラマの成功モデルとなりました。
文化人類学者のアナンダ・ミトラは、このドラマがインドの政治および社会に与えた影響について重要な指摘を行っています。本来、叙事詩『マハーバーラタ』の解釈や、そこに登場するクリシュナ神への信仰は、インドの地域ごとに多様な形で存在していました。しかし、全国ネットで放送されたテレビドラマは、この地域ごとの多様なイメージを、特定の、しばしばヒンドゥー至上主義に結びつくような一つの物語像へと集約し、国民の間に浸透させていきました。これにより、多神教であるヒンドゥー教において中心的な存在が必ずしも明確でなかったクリシュナが、ドラマを通じて明確な中心的位置を獲得するようになります。ミトラは、こうしたドラマの力が、ヒンドゥー原理主義勢力による国民への宣伝に利用され、1992年のアヨーディヤー・モスク襲撃事件のようなヒンドゥー教の排外主義的な動きに繋がった側面があると論じています。さらに、ヒンドゥー至上主義を掲げるインド人民党（BJP）が、1988年の総選挙で議席を大幅に増やし、1996年には国民会議派を破って第1党となり、1998年には連立政権を樹立するなど、政治的な勢力を急速に拡大した背景には、これらの神話ドラマ、特に『マハーバーラタ』の絶大な人気が追い風となった側面があるとの分析もなされています。
テレビドラマ『マハーバーラタ』は、単なる国民的娯楽番組という枠を超え、インド国民の日常生活、信仰、そして政治のあり方にまで深く干渉し、その後のインド社会の変容に大きな足跡を残した、歴史的な作品と言えるでしょう。
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