マリュグリスの死

『マリュグリスの死』（原題：英: The Death of Malygris）は、アメリカ合衆国の幻想文学作家クラーク・アシュトン・スミスが手掛けた短編ホラー小説です。1934年4月にパルプ雑誌『ウィアード・テイルズ』に掲載されました。この作品はスミスが創造したアトランティス大陸の末裔、ポセイドニス島を舞台とする一連の物語の一つであり、同作者の先行作品『最後の呪文』の続編にあたります。

あらすじ

かつて栄華を誇ったアトランティス大陸が沈みゆく時代、残された巨大な島ポセイドニス。その首都ススランの北方には、黒い塔がそびえ立ち、王権をも凌駕する強大な力を持つ大魔術師マリュグリスがそこに居を構えていました。彼の存在は人々に畏怖され、「不死身」とさえ囁かれていました。

しかし、マリュグリスの動向を密かに監視していた王宮の魔術師にして国王顧問のマラナピオンは、ある疑念を抱きます。不死と噂されるマリュグリスが、実は既に死んでいるのではないか。そして、塔の中で動いているのは、生前に施した降霊術による名残であり、遺体は単に魔術によって腐敗を防がれているに過ぎないのではないか、と。

ガデイロン王とマラナピオンは、ススランで最強とされる12人の魔術師たちを招集し、この危機について協議を行います。しかし、マリュグリスへの根強い恐怖心から、集まった魔術師のうち5人は会議の場を去ってしまいます。残ったのはマラナピオンを含めた8人の魔術師たちでした。

王と8人の魔術師たちは、マリュグリスが死んだと喧伝することで、その脅威が失われたと人々に信じ込ませるためのプロパガンダを図ります。しかし、大魔術師マリュグリスに対する畏怖は深く根ざしており、真偽を確かめるために黒い塔へ向かう者は一人も現れませんでした。

一方、会議を退出した5人の中には、ニュゴンとフストゥレスという名の兄弟がいました。彼らは独自のルートからマリュグリスの死を確認します。そして、臆病風に吹かれて会議を去ったことを恥じ、名誉を挽回すべく、直接マリュグリスの塔に乗り込むことを決意します。

塔に足を踏み入れた兄弟は、意外な光景を目にします。通常ならば存在するはずの使い魔たちの姿はなく、財宝が無造作に転がっています。そして、奥には確かにマリュグリスの老いた死体が玉座に座っているだけでした。マリュグリスの死が確実になったことに安堵した二人は、早速、魔術品の略奪を始めようとします。

しかし、その時、マリュグリスの使い魔である珊瑚色の鎖蛇が現れます。さらに、見えない魔術によって、兄弟の身体は小さく縮められてしまいます。やがて、マリュグリスの死体の唇が開き、小さな二人に対して死を宣告します。そして、鎖蛇が彼らに襲いかかり、兄弟は無残な最期を遂げます。

時を同じくして、王宮に留まっていたマラナピオンと7人の魔術師たちは、遠隔の魔術を用いてマリュグリスの遺体を呪詛し、腐敗させました。呪いが成就したことは遠隔視によって確認されましたが、彼らは完全に勝利したことを五感で味わいたいと欲を出します。一行は黒い塔へと赴き、マリュグリスの腐敗した死体と対面します。勝利を確信したその瞬間、死体が再び言葉を発し、彼らに恐るべき呪いを返します。それからわずか一時間も経たないうちに、マラナピオンを含む9人の魔術師たちは皆、遺体と同様に腐り果てて全滅してしまいました。

主を失った珊瑚色の鎖蛇が黒い塔を離れ、物語は終結を迎えます。

主な登場人物

ガデイロン王: ポセイドニス島の国王。
マラナピオン: 王宮に仕える大魔術師であり、国王の顧問官。王宮の魔術的な防衛を担っています。知識を盗むためにマリュグリスを遠隔で監視しており、自身より遥かに優れた彼の魔術を深く憎んでいました。
12魔術師: ススランにおいて最強と目される魔術師たち。マリュグリスへの対応を巡り、7人がマラナピオンに従い、5人が恐怖から議論の場を去りました。去った者の中に、マリュグリスの死を確認しに塔へ向かった兄弟、ニュゴンとフストゥレスがいます。
マリュグリス: ススラン北方の黒い塔に住まう古の大魔術師。不死性を獲得し、その力と財は国王をも凌駕し、「皇帝」とすら称される存在です。
* 珊瑚色の鎖蛇: マリュグリスに仕える使い魔。先行作品『最後の呪文』では人間の言葉を理解する様子が描かれています。

関連解説

CAスミス作品におけるアトランティス（ポセイドニス）

クラーク・アシュトン・スミスが描くアトランティス大陸は、既に衰退し、海に沈みゆく最末期の姿として描かれます。彼が設定した時代には、かつての大陸は巨大な島ポセイドニスを残すのみとなっています。その首都はススランです。

スミスがこの舞台で発表した主要な作品は5編の短編小説と1編の散文詩です。『最後の呪文』、『マリュグリスの死』、『二重の影』、『スファノモエーへの旅』、『アトランティスの美酒』、そして散文詩『アトランティスのムーサ』がこれにあたります。近年ではポセイドニス島と呼ばれることが多いですが、スミスの創作メモ帳「黒の書」にはアトランティスと記されており、アーカムハウスからの作品集も「アトランティス」の名で刊行されています。同時代の作家ロバート・E・ハワードがクッル王の連作でアトランティス大陸の揺籃期を描いたのとは対照的に、スミスは文明の終焉を迎えつつある末期を描きました。

日本の幻想文学研究家である大瀧啓裕は、個々の作品、特に本作のような物語を秀作と評価しつつも、スミスのアトランティス作品群全体に対しては批判的な見解を示しています。彼は、シリーズが「まとまりに欠ける」「行き当たりばったり」な印象があり、アトランティス＝ポセイドニスそのものの描写がほとんどないために、個々の作品間の繋がりが希薄になっている可能性を指摘し、「設定に迷いがあったのかもしれない」と解説しています。

スミス自身は、アトランティスを、ケルト神話に登場する海に沈んだ楽園とされるアヴェロンと同一視する設定を取り入れました。アトランティスからヨーロッパに移住してきた人々が定住した土地がアヴェロワーニュという名前になった、という設定も含まれます。

クトゥルフ神話や関連作家との繋がり

H.P.ラヴクラフトは、親交のあったスミスを「アトランティスの大神官クラーカッシュ＝トン」と呼んでいました。これは、スミスの創造したハイパーボリアの魔道士エイボンが転生した姿の一つがクラーカッシュ＝トンである、という設定に由来するとされています。

後続のホラー作家であるブライアン・ラムレイは、スミスの作品、特に彼の創造した大陸設定に影響を受け、オリジナルの「ティームドラ大陸」を創造しました。

また、クトゥルフ神話に登場する旧支配者の一柱である神グルーンは、アトランティスに関連する存在として言及されることがあります。アトランティスはクトゥルフ神話の主要な舞台ではありませんが、『エンサイクロペディア・クトゥルフ』などの資料にはその解説が見られます。

この作品を含むスミスのアトランティス物語は、失われた古代大陸の神秘と、そこから生み出される恐るべき魔法、そしてそれに翻弄される人々の破滅的な運命を描き出しており、スミスの独特なゴシックホラーの雰囲気をよく示しています。

もう一度検索