マンニトール

マンニトール（mannitol）は、六炭糖（ヘキソース）に分類される糖アルコールの一種です。マンノースという糖を還元することで得られ、ソルビトールとは構造的に異性体の関係にあります。マンニット（mannite）という別名でも知られています。この化合物は光学活性を持ち、自然界に広く存在するものはD-マンニトールと呼ばれる立体構造をとっています。D-マンニトールは独特の甘みを持つのが特徴です。

物理的な性質としては、水には比較的溶けやすい一方、アルコールや多くの有機溶媒にはほとんど溶けないという性質を持っています。また、細胞膜を容易には通過できない「非透過性分子」であることも、その生体内での働きに関連しています。水溶液中ではごくわずかにプロトンを放出するため、わずかに酸性を示します。このため、使用時には炭酸ナトリウムなどのpH調整剤が併用されることも少なくありません。

発見と歴史

マンニトールは、ヨーロッパから中近東にかけて自生するモクセイ科の植物、マンナトネリコ（Fraxinus ornus）から採取される甘い樹液の中から発見され、この植物の名にちなんで命名されました。マンナトネリコという名は、旧約聖書に登場する食物「マナ」に由来すると言われています。かつてはこの樹液が甘味料や利尿剤として用いられ、医薬品原料としても取引されていました。しかし、1950年代に工業的な合成方法が確立されてからは、商業目的でのマンナトネリコの栽培は徐々に姿を消していきました。現在では、主にグルコースを触媒を用いて還元する方法で大量に製造されています。天然には、マンナトネリコのほか、オリーブやテンサイ、セロリなど、さまざまな植物に少量含まれています。

生体内での働きと医療用途

マンニトールは、体内で浸透圧を調節する薬剤として機能し、利尿剤としても効果を発揮します。また、腎臓の血管をわずかに拡張させる作用も報告されています。主な医療用途として、点滴静脈注射によって投与され、以下のような病態の治療や管理に用いられます。

頭蓋内圧の降下: 脳浮腫などにより頭蓋内圧が上昇した状態を改善するために使用されます。マンニトールを投与することで血液の浸透圧が上昇し、組織中の水分が血管内に引き込まれることで脳容積を減らし、脳圧を下げます。
急性腎不全の治療・予防: 尿量が著しく減少する乏尿性腎不全の患者さんに対して、尿の生成を促進する目的で投与されます。腎臓でろ過されたマンニトールは再吸収されにくいため、尿細管内の浸透圧を上昇させ、これに伴ってナトリウムイオンと水分の再吸収が抑制され、尿量が増加します。
眼内圧の降下: 緑内障などで眼内の圧力が上昇した場合にも、同様の浸透圧効果により眼内圧を下げるために用いられることがあります。

血液脳関門の通過促進

マンニトールは、脳に薬剤を送り込むための特別な方法にも利用されます。脳の血管は、血液脳関門と呼ばれる非常に厳重なバリアによって守られており、通常、多くの物質は血管から脳組織へ移行できません。これは、脳血管の内皮細胞同士が密着結合で強く結合しているためです。マンニトールを脳に供給する動脈に高濃度で一時的に注入すると、血管内の浸透圧が急激に上昇します。この浸透圧差により、血管内皮細胞から水分が血管内に移動して細胞が縮み、細胞間の密着結合が一時的に緩みます。この隙間は注入後数分で最大になり、約30分間持続するとされています。この開通期間中に薬剤を投与することで、通常は脳に入りにくい薬剤を脳組織内に直接到達させることが可能となります。この技術は、脳腫瘍の化学療法やアルツハイマー病などの治療研究において、脳への薬剤送達を目的として重要な役割を果たしています。

多様な用途

医療分野以外にも、マンニトールは様々な用途で利用されています。

食品添加物: 低カロリー甘味料として、特に糖尿病患者向けの食品に用いられることがあります。また、溶解時に熱を奪う性質（負の溶解熱）を持つため、キャンディーなどに配合することで口の中でひんやりとした感触を与えることができます。
下剤: 一度に20グラム以上の量を摂取すると緩やかな下剤作用を示すことから、小児用の下剤として市販される場合もあります。
有機合成: 不斉炭素を持つ化合物を合成する際の出発原料としても利用価値が高い物質です。
* その他: ヘロインやメタンフェタミンといった違法薬物の「混ぜ物」として使用されるケースも報告されています。また、心臓ペースメーカーの細い電線のように、先端が鋭利な医療器具を体内に挿入する際、一時的な保護材として表面をコーティングするために用いられることもあります。血液に溶解し、時間とともに被覆が剥がれて目的の部位で機能できるようになります。

シガテラ中毒（熱帯魚などに含まれるシガトキシンによる食中毒）の重症度を軽減し、神経症状や消化器症状の発現を早める可能性についても報告例がありますが、これを強く支持する十分な科学的根拠はまだ確立されておらず、この目的で使用する際には厳重な水分管理と細心の注意が必要です。

副作用

医薬品として使用する場合、注意すべき副作用が知られています。大量に投与された場合には、まれに急性腎不全を引き起こす可能性があります。また、代謝性アシドーシス、高カリウム血症、低ナトリウム血症といった電解質異常が生じることも重大な副作用として挙げられます。比較的よく見られるものとしては、口の渇きなどの脱水症状が報告されています。

マンニトールは、そのユニークな物理化学的性質と生体内での作用から、古くから利用され、現在も医療や様々な産業分野で重要な役割を担っている化合物です。

もう一度検索