ミュールジカ

ミュールジカ (Odocoileus hemionus) の生態と特徴

ミュールジカは、北アメリカ西部に広く分布するシカの一種で、その名の通り、ラバ（ミュール）のような大きな耳が特徴です。オジロジカ属に分類され、オジロジカよりも大型で、特にロッキー山脈周辺に多く生息しています。また、ハワイのカウアイ島やアルゼンチンに移入された例も報告されています。

外見上の特徴

ミュールジカは、オジロジカ属の中では最大種に分類されます。肩高は1〜1.1m、体長は2mに達することもあり、大人のオスは体重が68kgから140kg、大きな個体では230kgにもなります。一方、メスは平均して57kgから79kg程度です。オジロジカのように、地域によって体格差が顕著に見られることはありません。

オジロジカとの大きな違いは、その特徴的な耳の大きさに加え、尻尾の色とオスの角の形状です。ミュールジカの尻尾は先端が黒いのに対し、オジロジカの尻尾は黒くありません。また、角は、ミュールジカは複数の枝に分かれ、年を重ねるごとにフォーク状に横に広がりますが、オジロジカの角は、1本の角から枝分かれする形状をしています。角は毎年、交尾期後に抜け落ちますが、春には新しいものが生えてきます。

生態

ミュールジカは、主に草食性で、夏は草をメインに、ブラックベリーやブルーベリーなどの果実も食べます。有毒なカリフォルニア・バックアイの葉も食べることが知られています。冬は、毬果（特にダグラスモミ）、ヒノキ科、イチイ属、ビャクシン属の樹木の実、落葉樹や灌木（ハコヤナギ、ヤナギ、ハナミズキなど）の枝などを食べます。ドングリやリンゴも食料とします。

冬になると、生息地域の大部分が雪や氷に覆われ、食料が不足します。そのため、ミュールジカは動きを少なくし、新陳代謝を鈍らせることで冬を乗り切ります。冬は死亡率が最も高く、特にその前の春に生まれた子ジカの死亡率が高いため、雪の少ない谷へと移動します。人間による餌付けも行われることがありますが、適切な方法で行われないと良い結果は得られません。

ミュールジカは、木の葉よりも草を好む傾向があり、食物となる草の量によって生息数が変動します。水や餌を求めて長距離を移動することは少なく、食物がある場所の近くにねぐらを構える習性があります。

子ジカの時は家族単位で採食しますが、大人のオスは単独、または他のオス数頭と行動します。主に夜明けや日暮れ時に採食し、昼間は休息をとります。しかし、見通しの良い農地や満月の時期、ハンターに追われている場合は夜も活動することがあります。ねぐらはたらいほどの大きさで、頻繁に使う場所は表面が擦り切れています。

繁殖

繁殖期は秋に始まり、メスは数日間発情状態になります。オスは相手を求めて攻撃的になり、メスは通常1頭以上のオスと交尾しますが、つがいにならなければ1ヶ月以内に再び発情期を迎えます。妊娠期間は約190〜200日で、春に生まれた子ジカは生後60〜75日で乳離れします。通常、1頭または2頭の子ジカを産みますが、まれに三つ子が生まれることもあります。子ジカは、生まれた年の冬を母親と一緒に過ごします。

天敵

ミュールジカの天敵は、人間だけでなく、ハイイロオオカミやクーガーなどの大型捕食者も含まれます。ボブキャット、コヨーテ、アメリカクロクマ、ハイイログマなども子ジカを捕食します。また、1960年代からはプリオンによる慢性消耗病（CWD）が問題視されています。

種類

ミュールジカは、狭義のミュールジカとオグロジカの2つのグループに分けられます。オグロジカの仲間であるO. h. columbianusとO. h. sitkensisを除くすべての亜種が、ミュールジカの仲間に含まれます。この2種は別亜種として扱われていますが、交配が可能であり、専門家はほぼ同種として扱っています。しかし、ミュールジカとオジロジカのミトコンドリアDNAは似ている一方、ミュールジカとオグロジカのミトコンドリアDNAには大きな違いがあり、これは交雑による遺伝子汚染が原因だと考えられています。ただし、ミュールジカとオジロジカが野生で交雑することはまれで、交雑種の生存率は低いとされています（テキサス西部では比較的多く見られるようですが）。交雑の観察記録には信憑性が低いものも多く、外見的な特徴による識別は難しいのが現状です。

ミュールジカの亜種
O. h. californicus – カリフォルニアに分布
O. h. cerrosensis – セドロス島に分布
O. h. eremicus – メキシコ北西部、アリゾナに分布
O. h. fuliginatus – カリフォルニア南部、バハカリフォルニアに分布
O. h. hemionus – 基亜種。北アメリカ西部と中部に分布
O. h. inyoensis – シエラネバダ、カリフォルニアに分布
O. h. peninsulae – バハカリフォルニアに分布
O. h. sheldoni – ティブロン島に分布

オグロジカの亜種
O. h. columbianus – 北米太平洋岸北西部、カリフォルニア北部に分布
O. h. sitkensis – 北米太平洋岸、ブリティッシュコロンビア西部沖の島嶼部に分布

関連事項

シートン動物記
慢性消耗病

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