ムシュフシュ

ムシュフシュ：古代メソポタミアの神秘的な霊獣

ムシュフシュ（Mušḫuššu）は、古代メソポタミア文明において、図像や伝承に登場する複合的な霊獣です。シュメール語で「恐ろしい蛇」を意味し、その名の通り、恐ろしくも神秘的な存在として古代の人々に認識されていました。かつてはシルシュとも呼ばれていましたが、現在ではムシュフシュという読み方が一般的になっています。

ムシュフシュの姿

ムシュフシュは、一般的に以下の特徴を持つ姿で描かれます。

頭部：毒蛇
上半身：ライオン
下半身：鷲
尾：蠍

この異様な組み合わせは、ムシュフシュが持つ特別な力や役割を示唆していると考えられています。

ムシュフシュの変遷

ムシュフシュは、その起源からメソポタミアの歴史と共に、その地位と役割を変えていきました。

都市神の随獣として

元々は、エシュヌンナの都市神ニンアズの随獣でした。初期の図像では、非常に首の長い動物として描かれており、この姿は古代エジプト美術にも影響を与えたとされています。エシュヌンナの守護神がティシュパクに変わると、ムシュフシュもティシュパクの随獣となりました。

最高神の眷属へ

古バビロニア王国のハンムラビ王がエシュヌンナを征服すると、ムシュフシュはバビロンの都市神マルドゥクとその子ナブーの随獣となります。特に、ナブーの足元にムシュフシュが描かれた像は有名です。バビロニア王国がメソポタミア全域を支配し、マルドゥクやナブーが最高神になると、ムシュフシュも最高神の随獣として地位を高めていきました。

ティアマトの怪物からマルドゥクの乗獣へ

紀元前12世紀に編纂されたバビロニアの創世叙事詩『エヌマ・エリシュ』では、ムシュフシュはマルドゥクと戦うためにティアマト神によって生み出された怪物の一体として登場します。しかし、ティアマト討伐後はマルドゥクの軍門に下り、乗獣となったとされています。

イシュタル門の装飾

新バビロニア時代（紀元前7世紀）に造営されたバビロンのイシュタル門には、天候神アダドの随獣である牡牛と共に、四本足を持つ蛇に似た姿のムシュフシュが描かれています。これは、ムシュフシュが当時の人々にとって重要な存在であったことを示しています。

その他の描写

ニンギッジドゥに捧げられた「グデアの献酒用の瓶」には、有翼の2頭の竜が門柱のような柱を支え、中央にはカドゥケウスのように棒に巻きついた2匹の蛇が刻まれています。この竜もムシュフシュと関連付けられることがあります。

ユダヤ教、キリスト教との関連

『ダニエル書補遺』の「ベルと竜」の挿話に登場する竜が、ムシュフシュではないかという説があります。この物語では、ダニエルが偶像崇拝を拒否し、竜を打ち倒す場面が描かれています。

まとめ

ムシュフシュは、古代メソポタミアの神話や文化において重要な役割を果たした霊獣です。その姿は時代と共に変化しましたが、常に神聖な存在として人々に崇拝されてきました。ムシュフシュは、古代メソポタミアの人々の精神世界を理解するための貴重な手がかりと言えるでしょう。

参考文献
岡田明子、小林登志子『古代メソポタミアの神々 世界最古の「王と神の饗宴」』集英社、2000年
岡田明子、小林登志子『シュメル神話の世界 粘土板に刻まれた最古のロマン』中央公論新社、2008年
グレイ, ジョン『オリエント神話』青土社
小林登志子『シュメル - 人類最古の文明』中央公論新社、2005年
幻想世界を歩む会『幻想世界幻獣事典』インプレス、2016年
ムー編集部『ムー』ワン・パブリッシング、2020年

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