モリエールの医者諷刺

モリエールの医者諷刺

フランスを代表する劇作家モリエールは、その多岐にわたる作品群の中で、一貫して当時の医師たちに対する厳しい批判とユーモラスな風刺を展開しました。これらの描写は、彼の最初期の作品から晩年の傑作に至るまで見られます。

17世紀の医学界は、古代ギリシャ・ローマの賢人たちの教えに固執する守旧派と、実験や観察に基づいた新しい知見を取り入れようとする改革派との間で激しい対立がありました。モリエールが戯曲の俎上に載せ、容赦なく攻撃の矛先を向けたのは、まさに頑なに伝統にしがみつく守旧派の医師たちでした。

戯曲において医学という専門的な領域を扱うためには、当然ながら一定の知識が不可欠です。モリエールが具体的にどのようなルートで情報を入手していたかについての確証はありませんが、彼が築いた人脈から推測することができます。自由思想家であり医師でもあったフランソワ・ベルニエは、その有力な情報源の一人と目されています。ベルニエは哲学者ガッサンディの薫陶を受け、かつてモリエールやシラノ・ド・ベルジュラックと共に学んだ旧友でした。彼は守旧的な医師たちとはそりが合わず、ニコラ・ボアロー＝デプレオーのような人物にまで医学界の情報を流していたと言われています。その他、モリエールの母マリー・クラッセのいとこにあたる外科医ピエール・クラッセや、晩年のモリエールと親交のあった主治医モーヴィランなども、知識や逸話の提供者であった可能性が指摘されています。モーヴィランは、モリエールに関する最初の伝記を著したジャン＝レオノール・グリマレの記述にも登場します。

諷刺の背景と変遷

16世紀末頃にイタリアからフランスに流入したコンメディア・デッラルテの影響は、17世紀のフランス演劇に広く及びました。特にファルスや喜劇においては、博士（哲学者など）や医師がしばしば滑稽な、あるいは嘲笑の対象として描かれるようになりました。モリエールもこの流れを受け、南フランス巡業時代にイタリアの影響を受けたファルスを研究し、俳優として、また劇作家として研鑽を積みました。1645年頃に書かれた処女作『飛び医者』には、当時流行していた医者というテーマを扱った形跡が見られます。しかし、これはまだ一般的な題材に倣ったものであり、彼自身の思想に基づく本質的な医者諷刺と呼ぶには早い段階でした。

モリエールが医師への批判や風刺を本格的に展開し始めるのは、南フランスでの巡業を終え、パリに戻ってからです。1665年の『ドン・ジュアン』や『恋は医者』を皮切りに、1666年の『いやいやながら医者にされ』、1669年の『プルソニャック氏』、そして1673年の最後の作品『病は気から』に至るまで、繰り返し医師を戯画化し、嘲笑しました。これらの作品が『飛び医者』と明確に異なるのは、その批判の対象が具体的に絞り込まれ、集中的に攻撃されている点です。

その攻撃対象とは、パリ大学医学部などに代表される当時の医学界でした。彼らはヒポクラテスやガレノスといった古代の権威による古い知識に頑なに固執し、その正確性を疑うことなく、ウィリアム・ハーヴェイによる血液循環説のような革新的な発見を断固として認めようとしませんでした。

現代の視点から見れば、モリエールの戯曲に登場する医師たちの描写は信じがたいほど愚かに映るかもしれません。しかし、これらはモリエールの単なる創作ではなく、当時の医学の実態や医師たちの振る舞いに基づいた、しっかりとした裏付けのある描写でした。モリエールは生前から「フランス社会の風俗を描いた画家」と評されていましたが、その異名に違わぬ卓越した観察眼を持っていたのです。

17世紀の医学事情と諷刺

17世紀のフランスにおいて「医師」という場合、特に断りがなければ内科医を指すのが一般的でした。当時、現代とは異なり、外科医や薬剤師の社会的地位は非常に低いものでした。

内科医の地位と教育

中世ヨーロッパの初期段階では、医師は聖職者と同様の扱いを受けていました。12世紀初頭に聖職者の医療行為が原則禁止された後も、多くの者が独自の医療技術を研鑽し続けました。15世紀半ばには医師たちの世俗化が進みますが、それでもなおキリスト教との結びつきは強く保たれていました。モリエールの主な批判対象となったパリ大学医学部は、この流れを汲んでいました。

パリ大学医学部の教育は、フィリアートル（医師志望者）からバシュリエ（医学部生）、リサンシエ（医学士）、そしてドクトゥール（医学博士）へと昇っていく階梯制でした。

まず、医学部に入学するためには、既に文学分野で学士号（メートル・エ・ザール）を取得していることが必須でした。これは、当時の医師が処方箋にラテン語を用い、医学教育自体も全てラテン語で行われたためです。理髪外科医や薬剤師はラテン語の知識がなかったため、ラテン語は医師の権威を示す象徴ともなっていました。文学士号に加え、3名の医師による身上調書も提出する必要がありました。

こうして医師志望者となった学生は、2年間、解剖学や生理学、病理学などの講義を受けた後、医学部への入学試験に臨みました。一見近代的な教育課程のように見えますが、試験で最も重視されたのは、ヒポクラテスやガレノスの教えをどれだけ深く理解し、説明できるかという点でした。

バシュリエ（医学部生）になるためには、入学試験の合格に加え、カトリック教徒であること、そして医学部で行われる全ての宗教儀式への出席が条件でした。プロテスタントの学生は入学自体が許されず、この段階で排除されました。ルノードー賞に名を残すテオフラスト・ルノードはその代表例です。カトリックであっても、親が医師でない場合は、多額の費用負担が強いられました。後のパリ大学医学部長ギー・パタンもこのケースに該当します。

当時の医学生たちが人体解剖に立ち会う機会は極めて稀でした。それでも、彼らは古代医学の教えに合致するように解釈を施すことに精力を傾けました。これは学位論文においても同様でした。「くしゃみは自然な行為か？」「散髪に月の満ち欠けは必要か？」「歯痛は恋愛の兆候か？」「恋愛は精神病か？」といった奇妙な論文題目からもその傾向が伺えます。審査においては、これらの論文をテーマに弁論術が競われました。議論が白熱しすぎて乱闘に発展することもあったようで、モリエールの主治医であったモーヴィランは、学部長の帽子を床に叩きつけたことが原因でパリ大学医学部を除名されたという逸話も残っています。

リサンシエ（医学士）になる道のりも、各種試験や論文審査に加え、仰々しい宗教儀式を伴いました。医学士の学位を取得すれば、正式に医師として活動が許されるため、この段階では学生の素行や家柄が再び厳しく精査されました。学部内の秘密投票で授与の可否が決定された後、合格者は医学部長を先頭に行列を組み、大法官の前に出頭しました。大法官から学位を授与され祝福を受けた後、殉教者の祭壇の前で教会への絶対的な忠誠を誓う儀式を経て、ようやく医師としての活動が可能になったのです。

医学界でさらに高位を目指す場合は、ドクトゥール（医学博士）が必要でした。ここでも論文審査があり、医学士号取得時と同様に延々と論争が繰り広げられました。

医師（内科医）の特徴

彼らはヒポクラテスやガレノスの教えを絶対視し、金科玉条のように守ったため、極端な教条主義に陥りました。新しい学説は古代の教えに反すると見なし、徹底的に排除しました。処方として好んで用いたのは、瀉血、浣腸、下剤でした。

興味深いのは、彼らの「神聖なる規定」（実質的には医学部の内部規定）により、たとえそれが高度な技術を要するものであっても、道具を直接扱うことは医学部の尊厳と純粋性を汚す行為とされていたことです。そのため、医師たちは外科医や薬剤師を見下しながらも、実際の処置は彼らに任せました。これは、「教育」の項で触れたように、入学や学位授与の際の厳格な身元調査により、医学部が極めて閉鎖的な環境であったこととも関連しています。したがって、医学教育には実践的な臨床研究がほとんどなく、人体解剖の実習も稀に行われる程度でした。

偽医者、外科医、薬剤師

17世紀当時のパリでは、パリ大学医学部以外の医師は医療行為が禁じられていましたが、シャーラタンやオペラトゥールと呼ばれる偽医者たちが巷に溢れ、無統制状態でした。権威を振りかざし、尊大に振る舞う「正規の」医師たちは宮廷での評判が悪かったため、貴族たちはこうした偽医者を治療に雇う権利を持っていました。これにより、偽医者は王侯貴族の邸宅や宮殿の中心部にまで入り込むことに成功しました。彼らはギリシャ語やラテン語を解さず、野草や木の根を用いてあらゆる病気を治すと謳いました。

外科医は、内科医から蔑視されていました。古代の教えを重視し、解剖学や生理学の基礎である外科を軽蔑していたからです。メスを握る外科医は、内科医にとって人間以下の存在と見なされました。外科が「不浄なもの」とされたのは、解剖行為が長い間教会によって禁じられていたことに起因します。人体解剖が初めて公式に許可されたのは1480年、シクストゥス4世によってでした。これを機に解剖学は急速に発展し、アンブロワーズ・パレによる血管結紮法の発明など、外科術自体も進歩を遂げていました。外科の地位が大きく向上する契機となったのは、ルイ14世が痔瘻を患った際、首席外科医が手術を成功させたことです。内科医たちがロバの乳を飲ませようとするなど無為な処方を提案する中で、外科医の正確な診断と技術が国王の命を救ったことで、外科は信頼を勝ち取りました。

薬剤師は、薬の調合・販売に加え、内科医が好む浣腸を施すために医師に同行するなど、看護師のような役割も担いました。当時は薬剤師と食品販売業者は明確に区別されておらず、外科医と同様に低い地位に甘んじていました。薬品の保存技術が未発達だったため、薬は非常に高価でした。特定の薬や解毒剤は当局の監視下でのみ調剤が許され、この特権を利用して巨利を得る者も現れました。このことが、医師たちの妬みを買い、批判の対象となることもありました。

戯曲に描かれた諷刺の具体例

パリ大学医学部がキリスト教勢力と密接な関係を持っていたことは先に述べました。当時の人々は医療知識が乏しく、尊大な態度をとる医師たちに、キリスト教へ抱くのと同様の畏敬の念を抱いていました。生殺与奪の権を握っているかのような医師たちは、王侯貴族でさえも自分の命令に従わせるほど、恐れるものがありませんでした。そのため、容易に人々を欺き、権威を誇示し、処方に従わなければ死の恐怖をちらつかせたのです。

『病は気から』第3幕第5景には、その典型的な描写があります。主治医ピュルゴン先生が、処方された薬を飲まなかった患者アルガンに対して、病状の悪化と死を一方的に予言する場面です。

ピュルゴン先生: 今、階下の入り口で妙な話を聞きましたぞ。この家では、私の処方を馬鹿にして、私の命じた薬を飲むことを拒否したとか。

アルガン: 先生、何もわしは…

（中略）

ピュルゴン先生: 私の処方された薬に、反抗的な態度を取られたんだから…こう申し上げざるを得ませんな。あなたの体はますます悪くなり、内臓は不調となり、血液は腐敗し、胆汁は酸化し、体液は汚濁する一方であるとな。

アルガン: えらいことになったもんだ！

> ピュルゴン先生: 4日と経たないうちに危篤になられるでしょうな。

アルガン: ああ！お助けを！

ピュルゴン先生: 消化不良になり…

アルガン: ピュルゴン先生！

ピュルゴン先生: 消化不良から消化困難に…

アルガン: ピュルゴン先生！

ピュルゴン先生: 消化困難から消化不能に…

アルガン: ピュルゴン先生！

ピュルゴン先生: 消化不能から完穀下痢に…

アルガン: ピュルゴン先生！

ピュルゴン先生: 完穀下痢から赤痢に…

アルガン: ピュルゴン先生！

ピュルゴン先生: 赤痢から水腫に…

アルガン: ピュルゴン先生！

ピュルゴン先生: 水腫がもとで、命を失うことになるでしょうな。あなたの馬鹿げた行為から、そういう結果になるんですぞ。

医師たちがヒポクラテスやガレノスといった古代の賢人たちの教えを盲目的に信奉していたことは、医者を揶揄する描写の中で頻繁に用いられます。モリエールの最初期の作品『飛び医者』第1幕第1景では、偽医者になりすましたスガナレルが、だましやすい相手に対して「ヒポクラテスだのガレノスだのを引き合いに出してちょっと偉そうにすれば、お前の話にころっと騙されるだろう」と語る場面があります。これは、古代の権威の名を出すだけで信じ込ませられる当時の状況を皮肉っています。

『恋は医者』第2幕第2景では、古代の教えに固執するあまり、現実を認めようとしない医師が描かれます。医師トメスは、病気になってから6日目で死亡した御者について、ヒポクラテスが「あの種の病気は14日から21日経たなければ終わらない」と言っているから死ぬはずがない、と主張します。しかし、召使いのリゼットは「ヒポクラテスには好きなように言わせておきましょう。けれども、御者は死にました」とあっさり反論します。

これらの描写に登場する医師は、モリエールの空想上の人物ではありませんでした。古代の賢人の教えを金科玉条のように重んじた結果、教条主義に陥り、このような現実離れした言動をとる医師が実際に存在したのです。それでも、彼らのような医師も診断を下すためには、まず患者を観察し、病状を見る必要がありました。診断の様子は、『病は気から』第2幕第6景に描かれています。

アルガン: 先生、お願いです。ちょっと容態を診て下さい。

ディアフォワリュス先生: トーマ、そちらの腕をお取りして、脈の具合に異常はないか診てご覧なさい。どう思うね？

トーマ・ディアフォワリュス: これはあまり健康でない人の脈だと思います。

ディアフォワリュス先生: よろしい。

（中略）

トーマ・ディアフォワリュス: 指に反応があります。それに、やや不整でもあります。そのことは、脾臓の組織、即ち脾臓に故障があることを示しております。

ディアフォワリュス先生: 大いによろしい。

アルガン: でも、ピュルゴン先生は肝臓が悪いと仰っておりますが。

ディアフォワリュス先生: さよう。我々が組織と呼ぶ場合にはその両方を指すのです。…

また、『いやいやながら医者にされ』第2幕第4景では、樵であるにもかかわらず事情により医者のふりをすることになったスガナレルが、適当な脈診で病状を判断する様子が描かれています。

スガナレル: ところでいかがです？ひどく苦しみますか？

ジェロント: はい、先生。

スガナレル: 大いに結構。痛みは激しいかな？

ジェロント: 非常に痛むようでして。

（中略）

スガナレル: （病人のほうを向いて）腕をお出しなさい。（ジェロントに）この脈でちゃんとわかります。お嬢さんが発話障害であるということが。

脈拍を診ることは17世紀医学でも基本的な診断法でしたが、それは医学部で教わったヒポクラテスやガレノスの教えにどう当てはめて解釈するかが重要視されたため、スガナレルのように医師であろうとなかろうと、いくらでもこじつけが可能でした。脈診に続いては排泄物の検査が行われましたが、最も重視されたのは血液の状態でした。

彼らが信奉していたヒポクラテス以来の体液説によれば、人間の体には血液、粘液、胆汁、黒胆汁という4つの基本体液が存在し、そのバランスと純粋性が健康を保つ鍵とされていました。体液のバランスは本質的に不安定であり、個々の人間はいずれかの体液を多めに持っており、それが性格などを決定すると考えられていました。体液のバランスが崩れると病気になると考えられたため、必然的に治療法としては「体内にある不良体液を体外に出す」ことが目的とされ、瀉血（血液を体外に出す治療法）、浣腸、下剤が頻繁に用いられました。

『プルソニャック氏』には、体液説に基づく瀉血と下剤の使用例が描かれています。農夫が患者の頭痛を訴えるのに対し、医師は「ガレノスによれば、あれの罹った病は頭ではない。肺臓を患っていなければならない」と決めつけ、瀉血の効果がないと見るや下剤を試そうとします。

農夫: 先生、もう駄目です。病人は頭の中が割れるように痛いと言っておりますんで。

第一の医者: 病人は愚かだ。ガレノスによれば、あれの罹った病は頭ではない。肺臓を患っていなければならない。

（中略）

第一の医者: 刺洛は何回やったんだ？

農夫: 20日間で15回やりましたんで、先生。

第一の医者: 15回も？それで治らんのかね？

農夫: 治りませんで。

第一の医者: それは原因が血液にないという証拠だ。同じだけ下剤を投じてみよう。

当時のパリ大学医学部は、血液は乳糜を分泌する肝臓で生成され、樽の中のブドウがワインになるように変化すると考えていました。そして、生成された血液は2本の大動脈を通って体の隅々に行きわたり、右心房から心臓に戻ると信じていました。つまり、彼らの考えでは血液は循環しないのです。

このような古い考え方に固執した代表的な人物が、パリ大学医学部長も務めたギー・パタンです。彼は患者の年齢や容態をほとんど考慮せず、手紙による診断でひたすら瀉血を処方しました。虫歯から天然痘まで、生後3日の赤ん坊から80歳の老人まで、あらゆる病気、あらゆる年齢の患者に瀉血を行ったというのです。彼にしてみれば、血液は循環しておらず、体内に不良体液が存在するから症状が現れるのであり、不良体液は体外に出せば出すほど良い、ということになります。『プルソニャック氏』に見られるように、瀉血で効果がなければ浣腸や下剤が用いられ、その結果、患者はますます体調を崩し、命を落とすことも珍しくありませんでした。

これについても、『プルソニャック氏』は痛烈な皮肉を込めて描写しています。

薬剤師: あの先生はいつだって大道を進んでいらっしゃる。態々ことを難しくしようとは考えません。どんなに金を積まれても、医学部が認めた治療法以外で人を治そうなどとは考えもしなかったのですよ。

エラスト: 見事ですな。病人というものは医学部が同意しない限りは、治りたいと望んではなりませんからね。

（中略）

薬剤師: そうですとも。それにあの先生は患者を食い物にする医者とは違います。実に迅速でテキパキとした方で、患者をさっさと片付けて下さいます。だから、どうせ死ぬのなら、この上なく早く死なせてくださいますよ。

『病は気から』の第3の幕間劇、医者の学位授与式の場面でも、瀉血、浣腸、下剤が万能の治療法として讃えられています。どのような病気に対しても、卒業生は「浣腸を与え、次に血を抜き、続いて下剤をかけます」と答えるだけで、喝采を浴びます。

2人目の医者: 水腫と呼ばれる疾患に、施すべき治療はいかなるものでありましょうか

学士: 浣腸を与え、次に血を抜き、続いて下剤をかけます。

コーラス: いいぞ、いいぞ、いいぞ、よく答えた。博識なる我らの仲間となるに、ふさわしい、ふさわしい。

3人目の医者: 発熱により痩せ衰えた者、胸を患う者、喘息の者にいかなる治療を施すべきか？

学士: 浣腸を与え、次に血を抜き、続いて下剤をかけます。

コーラス: いいぞ、いいぞ、いいぞ、よく答えた。博識なる我らの仲間となるに、ふさわしい、ふさわしい。

（中略）

5人目の医者: だがもしその病気が長引き、治癒しないようならどうすべきかな？

学士: 浣腸を与え、次に血を抜き、続いて下剤をかけます。

コーラス: いいぞ、いいぞ、いいぞ、よく答えた。博識なる我らの仲間となるに、ふさわしい、ふさわしい。

このような考え方から、1628年にウィリアム・ハーヴェイが発表した血液循環説は、当時の医学界には到底受け入れられませんでした。ヒポクラテスやガレノスの教えに反するだけでなく、自分たちの権威を脅かす危険な学説であると見なし、パリ大学医学部は猛烈な反対運動を展開しました。ギー・パタンは循環説を「全くの誤りであり、医学上無意味で人体に有害だ」と公言してはばかりませんでした。

モリエールも、血液循環説に対する医学部の反応を知っていました。『病は気から』第2幕第6景では、ディアフォワリュス先生が息子トーマを紹介する際に、彼の最大の美点として「盲目的に古人の学説を遵守している」点を挙げ、血液循環説のような現代の発見を理解しようとしない頑なさを称賛しています。

ディアフォワリュス: この子の中で何よりも私の好きなのは-そしてその点、この子は私を見習っているのですが-、盲目的に古人の学説を遵守している点であります。今世紀におきましては、血液の循環その他これに類似した学説について、様々な発見をしたと称する輩がおりますが、この子はそのような理論や実験を断じて理解しようとはせず、また耳を貸したこともないのです。

解剖学の権威であったジャン・リオランやギー・パタンは最後まで血液循環説に反対し続けましたが、次第にパリ大学内でも説の正しさを認める者が増えていきました。1663年にはルイ14世の侍医長が循環説に好意的な論文を発表し、1672年には国王がその進言を取り入れ、外科医に血液循環の原理を説明させたと言われています。

瀉血、浣腸、下剤の他にも、当時の有力な治療法として吐き薬がありました。これはアンチモンを砕いてワインに混ぜたもので、アンチモンは人体に極めて有害な物質ですが、催吐・発汗作用によって体を清める効果があると信じられていました。16世紀にはモンペリエ大学の医師たちによって評価されていましたが、パリ大学の医師たちは認めようとしませんでした。17世紀になり、アンリ4世の侍医がこの薬に好意的な姿勢を示し、モンペリエ出身の医師がパリの薬剤師に調剤法を教えたことから、アンチモンの効能を巡る論争が起こります。パリ大学は高等法院に働きかけ、1615年に薬剤師による吐き薬の使用を禁じる法令を出させましたが、1652年には61名の医師が連名でアンチモンを擁護する論が提出され、吐き薬に肯定的な医師が大勢を占めるようになりました。決定的な出来事は1658年、砂丘の戦いの際に重病（おそらく腸チフス）にかかったルイ14世が、多数の医師が協議の上、宰相マザランの判断で吐き薬を投与され、奇跡的に回復したことです。これにより流れは完全に擁護派に傾き、1666年には高等法院が医師の処方に基づく吐き薬の使用を許可する法令を出しました。

したがって、『ドン・ジュアン』における吐き薬に関する以下の会話は、極めて時事的な意味合いを持っていました。

スガナレル: へえ？吐き薬もお信じにならない？

ドン・ジュアン: 信じられると思うか？

スガナレル: でも、もうお聞き及びでございましょうが、近ごろ吐き薬というのが大評判になっております。その霊験のあらかたさには、強情な意地っ張りまでもが宗旨変えをしたくらいでございます。現にこの私も、つい3週間前に素晴らしい効き目を見ました。6日前から死にかかっている男がございまして、もう手当の施しようがなく、薬は一切効きません。最後に一つ吐き薬を飲ませてみよう、ということになりましたんで。

ドン・ジュアン: 助かった、というのだろう？

スガナレル: 死にました。

ドン・ジュアン: 大した効き目だ。

スガナレル: どんなもんで。6日6晩死にきれなかったのを、たちどころにあの世へやりました。こんなによく効く薬はありますまい。

処方を行った結果、たとえ患者が死亡したとしても、それは「神の思し召し」とされ、処方に逆らうことは医学への不敬罪と見なされました。こうした医師の無責任さと無能さを揶揄する描写は、モリエールの戯曲に数多く見られます。

『恋は医者』第2幕第1景では、召使いのリゼットが、4人もの医者を呼んだ主人に「人間ひとり殺すには、医者ひとりで十分じゃありませんか？」と問いかけ、「うちの猫は医者がいなかったから助かった」と皮肉たっぷりに語ります。

リゼット: 4人もお医者様を読んでどうなさるおつもりです？旦那様。人間ひとり殺すには、医者ひとりで十分じゃありませんか？

スガナレル: 黙れ、3人寄れば文殊の知恵というだろう。4人いればなおのこと…

リゼット: これだけの人手がいないと、お嬢様はあの世へおいでになれないんでございますか？

スガナレル: 医者は人を殺すためにいるのか？

（中略）

リゼット: あら、旦那様。うちの猫はついこの間、屋根から落ちたのにうまいこと助かりました。猫のお医者がいなかったのが良かったんでございますよ。お医者がいたら、散々な目に遭わされたことでしょう、きっと浣腸やら瀉血などをやられて…。

『いやいやながら医者にされ』第3幕第1景では、偽医者のスガナレルが医者稼業の「面白み」を次のように語ります。

スガナレル: 靴屋が失敗した際には、皮の代金を弁償しなきゃならん。しかし医者の場合は、人間1人を殺したところで別にどうってことはない。我々にとって、大失敗なんて絶対にあるはずがない。「悪いのは死ぬ奴」と相場が決まっているからだ。要するにこの商売の面白みは、死人がみんな黙りこくっている点にある。殺した医者に文句をつける死人なんていませんからな。

モリエールの最後の戯曲『病は気から』においても、このテーマは引き継がれています。第1幕第5景で、召使いのトワネットは、裕福な主人が娘を医者と結婚させようとすることに反対し、「ピュルゴン先生は預けた金の利子だけで、年にたっぷり8000リーヴルにもなる方なんだぞ」と聞かされると、「よっぽど人を殺したんでございましょうね。それほど大金持ちになるためには」と辛辣に返します。

同作第3幕第3景では、アルガンの義弟ベラルドがピュルゴン先生を評し、その教条主義と無責任さを指摘します。

ベラルド: ピュルゴン先生は典型的なお医者さんで、数学のどんな証明よりも自分の法則を信じる人なんです。その法則を検討するなんて、許し難い犯罪だと思い込んでいる。医学には曖昧な点など一切なく、疑わしいことも、困難なことも存在しないと思い込み、猛烈な先入観や不動の信念、乱暴極まりない常識と理性で、むやみやたらと浣腸や瀉血をやってのけ、その結果がどうなるかを考えようともしないんです。あの連中に何をされようと、決して悪く思っちゃいけませんよ。良心に何のやましさも感じずに、あの世へ送ってくださるのですから。

しかし、これほど激しい批判を浴びせながらも、モリエールが医学そのものを全く信じていなかったわけではありません。彼が批判したのは、無責任で無能な、教条主義に陥った医師たちのあり方でした。彼の死後に作成された財産目録からは、2人の薬剤師への未払い金が残されていたこと、そして浣腸器を所有していたことが分かっており、彼が一定の医療行為を受け入れていたことを示唆しています。

『病は気から』第3幕第3景には、医学全般に対して否定的な見解を述べるベラルドと、それに反論するアルガンの会話があります。

ベラルド: ここだけの話、医学なんて人間世界に存在する最大の狂気のひとつだと思いますよ。身の程もわきまえず、人間がほかの人間の病気を治すだなんて、こんな馬鹿げたことは絶対にありませんよ。

アルガン: 人間がほかの人間の病気を治すのが、なぜいけないんだい？

ベラルド: 人体がどのように出来ているのか、これまでのところ、誰にも解らない神秘だからですよ。自然が我々の前に分厚い帳を降ろしてしまったので、我々にはさっぱり見当がつかないというわけです。

アルガン: じゃ、お前に言わせると医者たちは何も知っちゃいないというわけだな？

（中略）

ベラルド: 教養は身についていますが、それで大した治療ができるわけじゃありません。彼らの技術が優れていると言っても、それは子供騙しのハッタリ、中身のないおしゃべり、もっともらしい言葉を並べ立てて効果のない約束をするにすぎません。

（中略）

アルガン: 実際問題として、お前は病気になったらどうするつもりなんだい？

ベラルド: 何にもしませんよ。じっと安静にしていれば良いのです。自然のままに任せておけば、体調の乱れも、自ずから徐々に回復していくものです。患者の大部分は病気のために死ぬんじゃなく、薬や処方のために死ぬんです。

（中略）

アルガン: あんな芝居を書くモリエールとかいうやつは、よっぽどどうかしてるんだよ。お医者様のような立派な先生方をからかうなんて、甚だけしからんと思うね。

ベラルド: モリエールは医者をからかっているんじゃありませんよ。医学の愚かしさを槍玉に挙げているんです。

ベラルドは医学を人間の「最大の狂気」と断じ、病気になったら自然の治癒力に任せるのが最善だとして、アルガンの医学への盲信を笑います。ベラルドをアルガンの対極に位置させるこの手法は、『人間嫌い』におけるアルセストとフィラントの関係のように、モリエールが好んで用いた構成です。『病は気から』においてもこの手法を用いることで、彼は古臭い権威に囚われるのではなく、自然の摂理に謙虚に目を向けるべきだという良識的なメッセージを発しました。愚劣な医者を主題とし、徹底的に攻撃することは、一歩間違えれば医学界全体を敵に回しかねない危険な行為でした。しかし、「白鳥の歌」となった最晩年の『病は気から』でさえこのテーマを貫いたことは、社会の欠陥を暴き、それを諷刺することを生涯の使命としたモリエールにとって、極めて自然なことだったと言えるでしょう。

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