理髪外科医

理髪外科医とは

理髪外科医（りはつげかい、英語: barber surgeon）とは、中世ヨーロッパにおいて、髪を切る理容師が外科医の仕事も兼ねていた職業です。12世紀頃から18世紀にかけて存在し、理容外科医や床屋外科医とも呼ばれていました。彼らは、単に髪を整えるだけでなく、人体を扱う様々な医療行為にも従事していました。

理髪外科医の仕事

理髪外科医の業務は多岐にわたりました。

理容: 剃毛、散髪、化粧、ボディケアなど、身だしなみを整える仕事。
外科: 抜歯、瀉血、浣腸、傷の縫合、戦傷治療、四肢切断、ヘルニア切開手術、結石摘出など、外科的な処置。助産師の役割を担うこともありました。
その他: ブタの去勢など、家畜の医療行為も行うことがありました。

これらの業務は、現代の医師や理容師の仕事内容を考えると、非常に広範囲であったと言えるでしょう。

歴史

正確な起源は不明ですが、外科手術自体は古代エジプトにまで遡ることができます。7世紀頃のラテン語には「chirurgicus」という言葉がありましたが、理髪師が外科的な医療行為を行っていたかどうかは不明です。中世ヨーロッパでは、修道士がトンスラを維持するために理髪店が教会の周りに置かれました。当初は修道士が医療行為を行っていましたが、1163年のトゥール教会会議で「教会は血を忌む」と決定され、出血を伴う処置は理髪師が行うようになりました。

医師は「人を傷つけるなかれ」という宣誓から、自ら手術を行うことを避けており、理髪外科医がその代わりを担っていました。しかし、手術が成功すれば医師の手柄となり、失敗すれば理髪外科医の責任となるという、不公平な状況でした。

医学との分離

17世紀まで、理髪外科医は徒弟制度と口伝で技術を伝承していました。16世紀にはパリで、理髪外科医の扱いを巡る議論が起こりました。大学は理髪外科医を訓練し管理しようとし、医師側は既得権益を守ろうとしました。最終的に1660年、パリ高等法院は医師側の主張を認めました。

17世紀末、ルイ14世の痔瘻手術が成功したことで、外科医の待遇が改善し、1731年には王立外科アカデミーが設立されました。同時期、かつらの流行により理髪師としての仕事だけでも生活できるようになったため、理髪外科医は外科医と理髪師に分化していきました。

団体

14世紀初頭にフランスで設立されたサン・コーム（Saint‐Côme）という同業者組合は、医療関係者の守護聖人である聖コスマスに由来しています。

名残

理髪外科医という職業自体はなくなりましたが、その名残は様々な形で残っています。

床屋の看板サインポール: 赤、白、青の縞模様は、瀉血に使われた包帯や血の色を表しています。
イギリス連邦諸国での男性外科医の呼称: オーストラリアなどのイギリス連邦諸国では、男性外科医を「ドクター(Dr.)」ではなく「ミスター(Mr.)」と呼ぶ伝統が残っています。これは、理髪外科医から外科医が独立した歴史を反映しています。

関連職種

金創医: 日本の戦国時代に存在した戦傷治療者で、理髪外科医と同様に、外傷の処置を行っていました。
Wundarzt: ドイツ語で傷医師を意味し、13世紀以降の外科医師の総称です。理髪外科医も含まれます。
Feldscher: 15世紀からドイツで従軍医を意味する言葉となり、救急医療者としても扱われました。
Bader: ドイツの入浴場経営者または従業員で、入浴客に医療サービスを提供し、理髪外科医が雇われることもありました。
City physician: 中世後期のドイツ語圏や北欧で見られた、市議会が任命した理髪外科医を含む医療従事者の監督者です。
Worshipful Company of Barbers: 1308年にロンドンで設立された理髪師ギルドで、1540年に外科医の組合と合併し、1745年に外科医はイングランド王立[[外科医師会]]として独立しました。
ピエール・フォシャール: 近代歯科の父と呼ばれ、18世紀に『外科歯科医』を著し、歯科医療を再編し、理髪外科医の抜歯の仕事が専門化しました。

まとめ

理髪外科医は、中世ヨーロッパの医療において重要な役割を担っていました。彼らは、理容と外科の両方の技術を持ち、人々の生活を支えていました。しかし、医学の専門化が進むにつれて、その役割は分化し、現代の医師や理容師へと発展していきました。理髪外科医の歴史は、医療の発展過程を理解する上で重要な視点を与えてくれます。

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