モレク

モレク (Molech)

モレクは、古代中東地域で崇拝されていた神の名前です。特にカナン地方で信仰された男性神であり、モロクとも呼ばれます。「涙の国の君主」や「母親の涙と子供達の血に塗られた魔王」といった異名を持ち、人身供犠が行われていたことで知られています。

語源と別名

モレクという名前は、セム語派の言葉で「王」を意味する「マリク（Malik, mlk）」に由来します。第二神殿時代には、偽悪的な意味を込めて発音を変化させた「モレク」という言葉が用いられました。ジェイムズ王訳聖書では、アモン人の神やフェニキアのティルス市の守護神であるメルカルト（Melqart）を指す言葉として、「ミルコム（ מַלְכָּם Malkam、「偉大な王」）」という表現が用いられています。

各言語での表記は以下の通りです。

フェニキア語: 𐤌𐤋𐤊
マソラ本文: מֹלֶךְ
ラテン語: mōlek
ギリシア語七十人訳聖書: Μολόχ

古代イスラエルにおけるモレク

モレクの祭儀は、パレスチナ地方にも伝わりました。古代イスラエルでは、ヘブライ語で「恥」を意味する「ボシェト(bosheth)」と同じ母音を当てて「モレク」と呼ぶことが一般的でした。『レビ記』では、「モレクに子供を捧げること」が石打ちの対象となる大罪として挙げられています。

旧約聖書には、モレクに対する禁令が複数箇所に記述されています。

レビ記18:21: 「子どもをモレクにささげてはならない」
レビ記20:2-5: 「イスラエルの人々のうち、またイスラエルのうちに寄留する他国人のうち、だれでもその子供をモレクにささげる者は、必ず殺されなければならない。」

しかし、『列王記』には、ソロモン王がモレクを崇拝したという記述があります。ここではモレクは、アンモン人の神であるアンモンの子らと同義に扱われています。また、アハズ王も自分の子を火に焼いてモレクに捧げたとされています。

古代アモン人によるモレク崇拝

古代ヨルダン東部に住んでいたアモン人たちは、モレクを豊作や利益を守る神として崇拝していました。彼らはブロンズ製の「玉座に座ったモレクの像」を制作し、それを生贄の祭壇として使用しました。像の内部には7つの棚が設けられており、小麦粉、雉鳩、牝羊、牝山羊、子牛、牡牛、そして人間の新生児が供物として捧げられ、生きたまま焼き殺されました。新生児は王権を継ぐ者の第一子であることが多かったとされています。生贄の儀式では、シンバル、トランペット、太鼓などが激しく鳴り響き、これは子供の泣き声をかき消すためのものだったと考えられています。

新約聖書における言及

モレクへの言及は新約聖書にも見られ、ユダヤ人にとって避けるべき異教の神とみなされていたことがわかります。

バアル・ハモンとの関連

中世以降、注釈者たちはモレクをフェニキアの主神であるバアル・ハモンと同一視するようになりました。これは、古典古代の作家たちが伝えるバアル・ハモンの崇拝が人身供犠を特徴としていたことに起因します。プルタルコスらは、カルタゴではバアル・ハモンのために人が焼き尽くす捧げ物として犠牲にされたことを伝え、この神をクロノスあるいはサートゥルヌスと同一視しました。

モレク研究の新説

1921年、オットー・アイスフェルトは、カルタゴの発掘調査に基づき、モレクに関する新説を発表しました。アイスフェルトは、「mlk」が「王」の意味でも神の名でもなく、人身供犠を含む特定の犠牲の形式を指す語であると主張しました。祭儀場からは子供の骨が大量に発見され、新生児だけでなく、6歳程度までの子供のものもありました。アイスフェルトは、旧約聖書の中で語義が不明であった「トフェト(tophet)」がこの祭儀場を指す語であったと唱えました。同様の場所は、フェニキア人の植民地があったサルディニア、マルタ、シチリアでも発見されています。

アイスフェルトの説は、発表以来、ほぼ支持されてきましたが、1970年にサバティーノ・モスカティがカルタゴでの人身供犠が日常的なものではなく、極めて困難なときに限って捧げられたとする修正説を唱えました。この点については、現在も論争が続いており、さらなる考古学的証拠の発見が待たれています。

反ユダヤ主義との関連

モレク信仰は、ヨーロッパの反ユダヤ主義の歴史においても度々言及されてきました。ユダヤ人が子供を人身供犠にするため殺害するという血の中傷が度々言及されてきたのです。

動物名との関連

オーストラリアの砂漠地帯に生息する「モロクトカゲ」や、インドネシアに生息するテナガザルの一種「ワウワウテナガザル」の学名に、モレクの名が用いられています。また、恐竜の一種である「スティギモロク」も、モレクの名に由来する名前を持っています。

モレクは、古代の人々にとって畏怖の対象であり、その信仰は様々な形で後世に影響を与えました。

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