ヤング・ブリティッシュ・アーティスト

ヤング・ブリティッシュ・アーティスト（YBAs）とは

ヤング・ブリティッシュ・アーティスト（Young British Artists; YBAs）は、1990年代にイギリスを中心に活動した若手のコンセプチュアルアーティスト、画家、彫刻家などの総称です。ブリット・アーティスト（Brit artists）、ブリットアート（Britart）とも呼ばれます。この名称は、1992年にロンドンのサーチ・ギャラリーで開催され、出展作家を一躍有名にした同名の展覧会に由来します。ダミアン・ハーストやトレイシー・エミンなどが代表的な美術家として知られています。

YBAsの誕生

1988年、YBAsの中核となる美術家たちは活動を開始しました。当時のイギリスでは、美術への公的な支援が削減され、美術商も若手美術家に関心を示さない状況でした。このような状況の中、彼らは自分たちの作品を発表する場を求めて、ロンドン東部のドックランズにある港湾局の空き建物を利用し、自主企画展『フリーズ（Freeze）』を開催しました。この展覧会は、ゴールドスミスカレッジの学生たちが中心となり、ダミアン・ハーストが主導しました。展覧会は、ロンドン・ドックランズ開発公社などの後援を受けましたが、当時の画廊からの注目は薄かったものの、ゴーストスミスの講師であるマイケル・クレイグ＝マーティンの働きかけによって、キュレーターのノーマン・ローゼンタールやニコラス・セロタなどの美術界の重要人物が訪れ、また、後の有力な支援者となるチャールズ・サーチとの出会いにも繋がりました。

オルタナティブ・スペースの活用

『フリーズ』展は、画廊や美術館ではない、安価で利用できる倉庫跡などの「オルタナティブ・スペース」を使ったアーティスト企画型の展覧会の先駆けとなりました。この動きは、倉庫を占拠してレイヴパーティーを行うといった当時のサブカルチャーとも結びつき、若手アーティストたちの新たな活動の場となりました。

初期の活動と展覧会

ハーストの友人であるカール・フリードマンは、1990年にビリー・セルマンとともに、ロンドンの空き工場で『モダン・メディスン（Modern Medicine）』と『ギャンブラー（Gambler）』という2つの影響力のある展覧会を企画しました。これらの展覧会は、チャールズ・サーチなどの支援者からの資金提供も得ましたが、観覧者は多くありませんでした。その後も、サウス・ロンドンのシティ・レーシングなどの非営利のオルタナティブ・スペースが、多くの若手美術家の最初の展覧会の場を提供しました。また、イースト・ロンドンのホクストンやショーディッチでは、ジョシュア・コムストンのギャラリーが作家を育成しました。

1991年には、公立美術館であるサーペンタイン・ギャラリーがハーストの企画で『ブロークン・イングリッシュ（Broken English）』展を開催し、YBAsの活動に注目が集まり始めました。そして1992年には、チャールズ・サーチが自らのギャラリーで『ヤング・ブリティッシュ・アーティスト』展を連続して開催し、この展覧会名が同時期の若い美術家たちの総称となりました。

YBAsの第二波

1992年から1993年にかけて、『ニュー・コンテンポラリーズ（New Contemporaries）』、『ニュー・ブリティッシュ・サマータイム（New British Summertime）』、『ミンキー・マンキー（Minky Manky）』などの展覧会から、YBAsの第二波が登場しました。ダグラス・ゴードン、トレイシー・エミン、クリスティン・ボーランドなどがこの世代の代表的なアーティストです。また、リアム・ギリックやアンジェラ・ブロックのように社会実践と結びついた活動をする作家も存在しました。

サーチ効果

チャールズ・サーチは、初期のYBAsの活動に注目し、彼らの作品の収集を開始しました。特にハーストの作品は、サーチに大きな衝撃を与えました。1990年代初頭、経済の低迷により現代美術市場が停滞する中で、サーチはそれまで収集していたアメリカやドイツの巨匠の作品を放出し、イギリスの若手アーティストの作品に投資を始めました。この動きは市場に大きな影響を与え、YBAsのアーティストたちは経済的な支援だけでなく、メディアの注目も集めるようになりました。

サーチはロンドンにサーチ・ギャラリーを移転し、『ヤング・ブリティッシュ・アーティスト』展を開催することで、彼らの存在を社会に広く知らしめました。サーチの行動は、反抗的な若者たちの不快な作品を高く評価することとして、論争や嘲笑の的となりましたが、結果的にYBAsの知名度を上げることに貢献しました。また、イギリスの権威あるターナー賞も彼らが席巻し、メディアを通してYBAsは広く知られるようになりました。

美術界への影響

YBAsの登場は、イギリスの美術界に大きな刺激を与えました。新しい世代が経営する現代美術ギャラリーや美術商が登場し、美術雑誌もYBAsの特集や広告で潤いました。美術界やメディアは、YBAsに続く美術家を発掘することに熱中し、ハーストらはヨーロッパやアメリカでも名声を確立しました。

YBAsのアーティストたちは、ショッキングな作品を多く展示しました。ハーストの動物のホルマリン漬けや、エミンのベッドを用いた作品が代表的です。これらの作品は、しばしばメディアで攻撃されましたが、それによってさらに有名になりました。

センセーション展

1997年、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツは、サーチ・コレクションをもとに『センセーション』展を開催しました。この展覧会は、その過激さから美術界だけでなく一般社会からも大きな反響を呼びました。特に、マーカス・ハーヴェイの『マイラ』は、被害者遺族や世論の反発を呼び、会期中に襲撃されました。この展覧会はベルリンやニューヨークにも巡回しましたが、開催を拒否された国もありました。ニューヨークでは、クリス・オフィリの作品が訴訟問題になるなど、YBAsのブームは頂点を迎えました。

YBAsの遺産

2000年代に入るとYBAsの活動は一段落しましたが、彼らの活動には賛否両論があります。コンセプチュアル・アートが高額で取引される現状に対する批判もありますが、彼らの出現によってイギリスの美術界への関心が高まり、若い美術家が次々と現れるようになりました。また、アートスクールには世界中から留学生が集まるようになりました。スティーヴ・マックィーンやインカ・ショニバレなどのブリティッシュ・ブラック・アートの作家たちもYBAsとして認識されています。

YBAsは、美術の概念を大きく変え、現代美術界に大きな影響を与えた存在として、その活動は今もなお語り継がれています。

参考文献

* 山本浩貴『現代美術史　欧米、日本、トランスナショナル』中央公論新社〈中公新書〉、2019年。

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