ユスポフ家

ユスポフ家：ロシア帝国の名門貴族の興亡

ユスポフ家（ロシア語: Юсу́повы）は、ロシア帝国において最も裕福で影響力を持った貴族の一つです。ロマノフ家と並び称されるほどの莫大な財産を誇り、その歴史は数世紀に渡ります。特に、怪僧ラスプーチン暗殺に関与したフェリックス・ユスポフ公は、その名を広く知られています。この一族の歴史、栄光、そして没落を詳細に見ていきましょう。

起源

ユスポフ家の起源は、6世紀にイスラム教の指導者アブべキル・ベン・ライオックによって築かれたとされています。アブべキルは、宗教的・政治的な権威を一身に集め、エミール・エル・オムラやカンといった称号を持っていました。彼の後継者たちは、エジプト、アンティオキア、コンスタンティノープルといった地域で権力を振るい、中にはメッカに埋葬された者もいました。

14世紀には、アブべキルの子孫であるエディゲが、ティムール朝の創始者ティムールの遠征に参加し、ジョチ・ウルスのカンと戦いました。この時代から、ユスポフ家のルーツは、政治的・軍事的な重要人物たちと深く結びついていました。

15世紀以降の激動

15世紀末、ムサ・ビーがノガイ・オルダの統治者となり、モスクワ大公イヴァン3世と同盟を結びました。ムサ・ビーの死後、長男サク・ママイが後を継ぎましたが、後にユスフがその地位を継承しました。1533年、ユスフは娘のスユンビケをカザン＝ハンのジャン＝アリと結婚させましたが、クリム派を唆し、1535年にジャン＝アリを殺害させました。その後、モスクワ派によって追放されていたクリム派のハン、サファ＝ギレイがカザンに戻ると、スユンビケは彼と結婚することになりました。しかし、サファ＝ギレイも1549年に殺害され、1553年にはシャー・アリと三度目の結婚をしました。

しかし、シャー・アリはすぐにモスクワに逃れざるを得なくなり、その間、スユンビケがカザンを統治しました。しかし、父ユスフとイヴァン雷帝の間で争いが勃発し、カザンはロシア軍に包囲され、スユンビケは捕虜となりました。イヴァン雷帝はユスフの釈放要求を無視したため、ユスフは再び戦争の準備を始めましたが、1555年に兄イスマイルによって暗殺されました。その後、ユスフの息子たちはアストラハンを攻撃し、イスマイルを追放しました。

17世紀以降の変遷

17世紀、ユスフの曾孫アブドゥル・ムルザは、正教に改宗してドミトリーと改名し、ツァーリのフョードルからユスポフ公の称号を授与されました。ドミトリーは勇敢な武将として知られ、ポーランドやクリミア・ハン国に対するツァーリの遠征に数多く参加しました。しかし、断食日にモスクワ府主教と食事をした際、魚に見せかけたガチョウを出したことが原因で、財産を半分没収されたという逸話も残っています。

ドミトリーの息子グレゴリー・ドミトリエヴィチ公は、ピョートル大帝の側近として、艦隊の再建や政治改革に尽力しました。また、ボリス・グリゴリエヴィチ公は、海軍研究のためにフランスに派遣され、後にモスクワ総督を務め、女帝エリザヴェータの治世下では、帝国学校の校長を務めるなど、幅広く活躍しました。ニコライ・ボリソヴィチ公は、エカチェリーナ2世、パーヴェル1世、アレクサンドル1世、ニコライ1世の顧問であり、マルタ騎士団の最高司令官にも任命されました。彼はまた、ルイ16世やマリー・アントワネットなど、ヨーロッパの著名人との交流も深めました。

19世紀以降の華麗なる一族

19世紀以降、ユスポフ家は、その富と影響力を維持し続けました。ニコライ・ボリソヴィチ公は、慈善活動にも熱心で、露土戦争時には病院列車を提供しました。一方で、日常生活においては倹約家でもあったと言われています。ニコライ公の長女で、ユスポフ家の女性相続人となったジナイダ・ユスポヴァ公女は、1882年にフェリックス・スマローコフ＝エルストン伯爵と結婚しました。ジナイダは、舞踏会で即興で踊り、ニコライ2世から絶賛されたり、スペイン王女エウラリアに感銘を与えたりするなど、才色兼備な女性として知られていました。

1917年、ニコライ2世は宮廷歯科医Kastritzkyを通じてジナイダに「彼女の言うことを聞いていれば、多くの悲劇を防ぐことができたかもしれない」と伝えたと言われています。ジナイダの次男フェリックスは、1914年にニコライ2世の姪イリナ・アレクサンドロヴナ公女と結婚しました。しかし、ロシア革命が勃発すると、夫妻は他の皇族と共にイギリスに亡命しました。

ユスポフ家は、ウルソフ家やバイテレコフ家と共通の祖先エディゲを持つ一族であり、ウルソフ家は現在も存続しています。

ユスポフ家のコレクション

1925年、モイカ宮殿の秘密金庫から、ユスポフ家が所有していた膨大な宝飾品が発見されました。それらは国家銀行やクレムリン武器庫博物館に分配されたり、一部が売却されました。秘密金庫には、1トン以上の銀、13kgの金、古いカップ、ゴブレット、銀製のショットグラス、白鳥の置物、ブローチ、ブレスレット、ティアラなど、合計210kgの宝飾品が隠されていました。

これらの宝飾品の中でも、「ラ・ペレグリナ・パール」、「ポーラー・スター」、マリー・アントワネットのダイヤモンドイヤリング、イリナ公女の結婚ティアラ（カルティエ製）、ショーメ製の「サンライズ・ティアラ」などが特に有名です。また、美術品やルイ16世とマリー・アントワネットから贈られたセーブルの食器セット、ナポレオン1世から贈られたセーブルの花瓶とタペストリー、そしてアマティやストラディバリウスのヴァイオリンといった貴重な品々も所有していました。

主な人物

ユスフ＝ムルザ：ノガイ・オルダのムサ・ビーの息子。娘スユンビケがカザン・ハン国に嫁いだ。
スユンビケ：ユスフ＝ムルザの娘。カザン・ハン国のハンと複数回結婚した。
アブドゥル・ムルザ：正教に改宗し、ドミトリーと改名。ユスポフ公の称号を授かる。
グリゴリー・ドミトリエヴィチ・ユスポフ：ピョートル大帝の側近。
ボリス・グリゴリエヴィチ・ユスポフ：モスクワ総督や帝国学校の校長を歴任。
プラスコヴィヤ・グリゴリエヴナ・ユスポヴァ：修道院に送られ、鞭打ち刑を受けた。
ニコライ・ボリソヴィチ・ユスポフ：マルタ騎士団の最高司令官。多数の愛人を抱えていた。
ボリス・ニコラエヴィチ・ユスポフ：スパッスコエ・コトヴォ村の変革に取り組んだ。
ニコライ・ボリソヴィチ・ユスポフ：タチアナ・リボピエール伯爵令嬢と結婚。
ジナイダ・ニコラエヴナ・ユスポヴァ：ユスポフ家の女性相続人。フェリックス・スマローコフ＝エルストン伯爵と結婚。
タチアナ・ニコラエヴナ・ユスポヴァ：パーヴェル大公に恋心を抱いていたとされる。
ニコライ・フェリクソヴィチ・ユスポフ：決闘で死去。
フェリックス・フェリクソヴィチ・ユスポフ：ラスプーチン暗殺に関与。
イリナ・フェリクソヴナ・ユスポヴァ：アレクサンドル3世の曾孫。

ユスポフ家の宮殿と邸宅

ユスポフ家は、数多くの宮殿や邸宅を所有していました。中でも有名なのは以下の通りです。

モイカ宮殿：現在は博物館として利用されており、国際会議や外交会談にも使用されています。内部は、所有者が亡命する前の状態がほぼそのまま保存されています。
ラキトノエ宮殿：郷土伝承博物館として利用されています。
アルハンゲリスコエ宮殿：35,000冊の蔵書を持つ図書館があり、貴重な書籍も数多く所蔵されていました。
ケリオレ城：1956年にフェリックス・ユスポフが所有権を取り戻し、現在は一般公開されています。

まとめ

ユスポフ家は、その起源からロシア帝国における最盛期、そして革命後の亡命という激動の歴史を経験しました。莫大な財産、芸術的な才能、そして数々の逸話が、この一族の物語を彩っています。現在もそのコレクションや邸宅は、歴史の証人として残り、人々に語り継がれています。

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