ヨハネス6世カンタクゼノス

ヨハネス6世カンタクゼノス：動乱の時代を生きた皇帝

ヨハネス6世カンタクゼノス（1292年 - 1383年）は、東ローマ帝国パレオロゴス王朝の皇帝であり、政治家、歴史家、そして修道士という多面的な顔を持つ人物でした。彼は、帝国の混乱期に皇帝として君臨し、その生涯は激動に満ちていました。彼の人生、政治的な駆け引き、そして歴史家としての側面を詳しく見ていきましょう。

カンタクゼノス家の出自

カンタクゼノス家は、11世紀末に歴史に登場した東ローマ帝国の名門貴族です。マヌエル1世コムネノス帝の時代には、皇帝一族との婚姻関係を結び、帝国内で重要な地位を占めていました。ヨハネス6世の血統的な出自には不明な点が多いですが、祖父とされるミカエル・カンタクゼノスがペロポネソス半島で対アカイア公国戦役に従事していたことが知られています。また、父もペロポネソスで行政官を務めていました。母テオドラは、ミカエル8世パレオロゴスの姉の孫娘であり、名門の血を受け継いでいました。

帝国の重臣としての台頭

ヨハネス6世の生涯は、彼自身の著作『歴史』によって詳しく知ることができます。彼は、アンドロニコス3世パレオロゴスが起こした帝位継承争いに参加し、その政治手腕を発揮しました。当時、メガス・パピアス（顧問官）という職にあった彼は、アンドロニコス3世の陣営に加わり、コンスタンティノポリス市民の支持を集めるとともに、トラキア地方で勢力を拡大しました。また、後に彼の敵となるアレクシオス・アポカウコスを抜擢し、側近として重用しました。

1321年からの内乱では、アンドロニコス3世の勝利に貢献しましたが、その過程で、盟友だったシュルギアンネス・パレオロゴス・フィラントロペノスとの対立も生じました。1328年、アンドロニコス3世が勝利し、祖父のアンドロニコス2世は退位しました。カンタクゼノスは、アンドロニコス3世によって帝国軍総司令官（メガス・ドメスティコス）に昇進し、帝国の運営を支える重要な役割を担いました。

反逆、そして帝位へ

1341年、アンドロニコス3世が亡くなると、息子のヨハネス5世パレオロゴスが10歳で即位し、摂政を巡る争いが勃発します。カンタクゼノスは摂政の座を望んでいましたが、皇太后アンナがアポカウコスと結び、彼を朝敵として宣告します。これに対抗して、カンタクゼノスはトラキアで皇帝を宣言し、ヨハネス5世との共同皇帝体制を主張しました。こうして、帝国を二分する内乱が始まりました。

当初、カンタクゼノスは不利な状況に立たされました。特に、第二の都市テッサロニキでは熱心党と呼ばれる勢力が反乱を起こし、彼の支持者を追放しました。熱心党は、中産・下層階級の市民を基盤とし、カンタクゼノス率いる貴族層と対立しました。窮地に立たされたカンタクゼノスは、セルビアに逃れ、ステファン・ウロシュ4世ドゥシャン王の支援を求めましたが、後に関係が悪化し、オスマン帝国のオルハンに支援を求めることになります。オルハンの支援を得たカンタクゼノスは、反撃に成功し、1347年にコンスタンティノポリスに入城、正式に戴冠しました。

皇帝としての治世

内乱は終結したものの、帝国は荒廃し、領土は縮小しました。マケドニアやテッサリアなどの地域はセルビアに奪われ、テッサロニキは熱心党の支配下にありました。また、ジェノヴァとの対立も激化し、海戦で敗北を喫するなど、問題が山積していました。カンタクゼノスは、ヨハネス5世を伴ってテッサロニキを奪還し、地方行政官を親族に任せ、帝国の再建に尽力しましたが、領土の回復は困難を極めました。

ジェノヴァとの争いが一段落すると、今度はヨハネス5世が反乱を起こし、再び内乱に突入します。カンタクゼノスは、オルハンの軍事力を再び頼り、ヨハネス5世を退けましたが、その代償として、オスマン帝国の影響力が強まることになります。パレオロゴス家を帝権から排除しようとしたカンタクゼノスは、長男のマタイオスを共同皇帝に立てました。

廃位と隠退

カンタクゼノス家の勝利は、トルコ軍の力を借りたものであり、その結果、帝国はトルコ人の侵略に脅かされることになりました。1354年には、トルコ軍がカリポリスを占拠し、ヨーロッパ側に足がかりを築きます。また、コンスタンティノポリス市民の多くは、パレオロゴス家への忠誠心が強く、カンタクゼノスの簒奪行為を非難しました。この状況を利用して、ヨハネス5世はコンスタンティノポリスに帰還し、カンタクゼノスは廃位され、修道院入りを余儀なくされました。その後、モレアス専制公領で神学の研究に没頭し、1383年に死去しました。

人物評価

カンタクゼノスは、オスマン帝国のバルカン進出を招いた人物として批判されることもありますが、実際には、帝国内部の複雑な事情が絡み合っていました。セルビアやヴェネツィア、ジェノヴァの脅威に対抗するため、オスマン帝国との同盟に頼らざるを得なかったのです。しかし、彼の個人的な関係に依存した外交は、帝国に悪影響を及ぼしたことも否定できません。

カンタクゼノスが帝国に与えた致命的な影響は、社会対立や宗教対立を激化させたことでした。貴族層に依存した政治は、民衆の反感を買い、静寂主義を推し進めたことは、宗教的な対立も生み出しました。また、親族を要職に就けたため、一族支配という批判も受けました。

カンタクゼノスは、優れた政治家・軍人であり、政策自体は的確であったものの、その生涯は党争に明け暮れ、成果は一時的なものに終わりました。しかし、親族による地方行政制度は、その後の帝国の存続に貢献しました。

著作

カンタクゼノスは、教養人であり、クリストドゥロスというペンネームで様々な著作を残しました。

『歴史』: 1320年から1357年までの出来事を叙述した歴史書。詳細かつ正確な記述がされている一方で、自己を正当化する記述が多く、客観性に欠ける点も指摘されています。
『プロホロス・キドニス宛駁論』: 反静寂主義者への反論を記した書簡。
『ムハンマドの徒に対する弁明』: イスラーム教に対する駁論。

家族

妻エイレーネー・アサニナとの間に、3人の息子と4人の娘がいました。

長男：マタイオス（東ローマ皇帝）
次男：マヌエル（初代モレアス専制公）
三男：アンドロニコス
娘：マリア（エピロス専制公妃）
娘：テオドラ（オスマン君主オルハン妃）
* 娘：ヘレネー（ヨハネス5世パレオロゴス妃）


カンタクゼノスの生涯は、東ローマ帝国の衰退期における混乱と、その中で生き抜いた人物の複雑さを物語っています。彼の功績と過ちは、後世に多くの教訓を残しました。

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