ラパマイシン

ラパマイシン（シロリムス）

ラパマイシンは、学術的にはシロリムス（Sirolimus）としても知られる、マクロライド系の有機化合物です。この物質は、南太平洋に位置するイースター島（現地名：ラパ・ヌイ）の土壌から発見された、ストレプトミセス・ヒグロスコピクス（Streptomyces hygroscopicus）という放線菌によって産生されます。1972年に初めて単離され、発見地であるイースター島の名称と、抗生物質を示す接尾語「マイシン」を組み合わせて「ラパマイシン」と名付けられました。

当初は抗真菌薬としての可能性が探られましたが、その後の研究で、強力な免疫抑制作用と細胞増殖抑制作用を持つことが明らかになり、主に医療分野で利用されるようになりました。特に、臓器移植を受けた患者さんの拒絶反応を防ぐための免疫抑制剤として重要な役割を担っています。

薬効と適用

ラパマイシンは、ヒトの免疫系に対して抑制的に作用します。特に、腎臓移植後の拒絶反応予防において有用性が認められています。これは、免疫細胞であるT細胞やB細胞の活性化を阻害することによるものです。具体的には、免疫応答に必要なインターロイキン-2（IL-2）をはじめとする様々なサイトカインのシグナル伝達を妨げます。

移植医療への応用だけでなく、特定の難治性疾患の治療にも用いられています。例えば、肺を中心にリンパ管や血管の組織が異常に増殖する進行性の疾患であるリンパ脈管筋腫症の治療薬として承認されています。また、以下のリンパ管関連疾患などへの適用も検討・研究が進められています。

難治性リンパ管疾患全般
リンパ管腫（リンパ管奇形）
リンパ管腫症
ゴーハム病
* リンパ管拡張症

さらに、冠動脈に留置される血管内ステントの表面にラパマイシンをコーティングすることで、ステント留置後の血管壁の過剰な細胞増殖（再狭窄の原因となる）を抑制する目的でも広く使用されています。

作用機序

ラパマイシンの作用は、細胞内の「mTOR」（mechanistic Target Of Rapamycin、哺乳類ラパマイシン標的蛋白質）と呼ばれるタンパク質複合体に対する阻害効果に基づいています。これは、同じく免疫抑制剤であるタクロリムスやシクロスポリンがカルシニューリンという酵素を阻害するのとは異なるメカニズムです。

ラパマイシンは、細胞内のFK結合タンパク質12（FKBP12）と結合し、その複合体がmTOR複合体1（mTORC1）に結合することで、mTOR経路を特異的に阻害します。このmTOR経路は、細胞の成長、増殖、代謝などを制御する重要なシグナル伝達経路であり、これを阻害することで免疫細胞の活性化や細胞の異常増殖を抑制する効果を発揮します。

薬物動態

体内に取り込まれたラパマイシンは、主に肝臓のチトクロームP450酵素であるCYP3A4によって代謝されます。また、細胞膜上の排出ポンプであるP糖タンパク質（P-gp）の基質でもあります。体内から薬物が排出され、血中濃度が半分になるまでの時間（消失半減期）は、およそ57～63時間と比較的長いことが知られています。

注意すべき点として、ラパマイシンの消化管からの吸収には個人差が大きく、同じ量を服用しても血中濃度が最大8倍も異なる場合があるため、患者さん一人ひとりに合わせた適切な用量を調整することが非常に重要です。通常、次の投与直前の血中濃度（トラフ濃度）を測定することで、最適な投与量を決定します。ラパマイシンのトラフ濃度は、体内の薬物総曝露量を示す指標と比較的よく相関することが示されています。

その他の研究・応用

ラパマイシンは、そのmTOR阻害作用や細胞増殖抑制作用から、がん治療への応用も研究されています。特定のPI3K/Akt/mTOR経路が活性化しているがんや、血管新生を抑制する効果から、カポジ肉腫など一部のがんに対して有効性が報告されています。ドキソルビシンとの併用で特定の悪性リンパ腫に対して効果が示された例や、パノビノスタットとの併用で膵癌細胞の増殖を相乗的に抑制する可能性も示唆されています。

また、平滑筋の増殖を抑える作用を持つため、前述の血管ステント以外にも、リンパ脈管筋腫症における異常な平滑筋増殖抑制にも寄与すると考えられています。

近年では、ラパマイシンが動物モデルにおいて寿命を延長させる効果を示すことが報告され、老化研究の分野でも注目を集めています。2009年のマウスを用いた研究では、高齢のマウスに投与することで、平均寿命および最大寿命が有意に延長したという結果が得られています。このことから、既に高齢期にある生体の寿命を延長させる可能性が示唆されており、ヒトへの応用に関する関心が高まっています。

加えて、難病である進行性骨化性線維異形成症（FOP）に対する治療薬候補としても研究が進められており、京都大学の研究グループがiPS細胞を用いた創薬研究でラパマイシンを特定し、世界初のiPS細胞創薬に基づく臨床試験を開始したことが報告されています。

商品名と関連物質

日本国内では「ラパリムス錠」（ノーベルファーマ製造販売）の商品名で販売されています。日本国外では「Rapamune」（ファイザー、旧ワイス）として流通しています。

ラパマイシンに関連する物質としては、ラパマイシンを基にして開発された誘導体であるテムシロリムス（Temsirolimus、腎細胞がん治療薬）やエベロリムス（Everolimus）などがあり、それぞれ異なる疾患の治療薬として用いられています。

ラパマイシンは、その発見から数十年にわたり、移植医療だけでなく、がん治療や難病治療、さらには寿命延長といった幅広い分野でその可能性が探られている、ユニークな薬剤と言えるでしょう。

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