ルイス・カレーロ・ブランコ

ルイス・カレーロ・ブランコ（1904年 3月4日 - 1973年 12月20日）は、スペイン海軍の士官であり、後にフランコ独裁政権下で重要な政治家として活躍した人物です。長きにわたり総統フランシスコ・フランコの最も信頼する側近の一人として知られ、1973年には彼の後継者として首相の座に就きましたが、わずか半年後にバスクの分離独立を目指す武装組織、バスク祖国と自由（ETA）によって暗殺されました。この衝撃的な事件は、スペインの政治情勢に大きな影響を与えました。

生涯

軍人時代

1904年、現在のカンタブリア州サントーニャで生を受けたカレーロ・ブランコは、1918年に海軍兵学校に入学し軍人の道を歩み始めました。卒業後の1924年から1926年にかけては、スペイン領モロッコにおけるリーフ戦争に従軍しています。1929年にはマリア・デル・カルメン・ピチョット・イ・ビリャと結婚し、5人の子供をもうけました。1936年7月にフランシスコ・フランコらが起こした軍事蜂起がスペイン内戦の発端となると、彼は遠い親戚関係にあったフランコに接近し、その腹心としての地位を確立していきます。内戦中の1938年3月、パロス岬沖海戦でマヌエル・ビエルナ提督が戦死すると、その後任として前線の艦隊を指揮しました。内戦終結後、フランコ独裁政権が樹立されると、彼は海軍士官学校教官、海軍参謀総長、艦隊司令官といった海軍内の要職を歴任しました。

政治家への転身

1951年、カレーロ・ブランコは第6次フランコ内閣で初めて入閣を果たし、その後11年間にわたり総理府官房長官を務めました。さらに1962年からは同じく11年間、副首相の地位にありました。1965年頃からフランコがパーキンソン病を患い、老齢による衰えが顕著になる中、体制の将来が懸念され始めます。1973年6月8日、国家組織法に基づき、フランコの指名によりカレーロ・ブランコは首相に就任しました。しかし、この時すでに69歳という高齢でした。首相就任演説では、バスク祖国と自由（ETA）に対する厳しい姿勢を表明しました。

ETAによる暗殺計画

カレーロ・ブランコの首相就任とETAへの敵対的な姿勢に対し、ETAの「チキア（こぐま座）」部隊は彼を標的とした作戦を開始します。当初は誘拐を計画していましたが、後に暗殺へと計画を変更し、綿密な準備を進めました。カレーロ・ブランコが毎日午前9時にイエズス会系の教会でミサを受け、毎日決まった時間とルートで移動し、その警備が手薄であることを突き止めました。

彼らは、標的が通過するクラウディオ・コエリョ通りに面した建物の地下室に注目しました。芸術家を装ったメンバーが「アトリエとして使う」と偽ってこの地下室を借り受け、ここから通りの真下へ向けてトンネルを掘り始めました。直径50cm、長さ10m、深さ2mのトンネルを10日間かけて掘り進め、合計75キログラムもの爆薬を仕掛けました。この計画は、標的の重要性や作戦規模において当時のETAにとって最大のものであり、「オグロ作戦」と名付けられました。

当初の決行日は12月18日とされていましたが、同日にアメリカ合衆国のヘンリー・キッシンジャー国務長官が急遽スペインを訪問したため、在スペイン・アメリカ大使館に近いこの地域は厳重な警備下に置かれました。このため、作戦は2日後の12月20日に延期されました。

暗殺の実行

首相就任から約半年後の1973年 12月20日、オグロ作戦が決行されました。カレーロ・ブランコはミサを終え、午前9時20分頃に教会を出て帰路についていました。公用車であるダッジ3700GTが伴走車とともにクラウディオ・コエリョ通りに差し掛かった時、車道の下に仕掛けられていた爆弾が爆発しました。

爆発の凄まじい衝撃により、公用車は空中に高く吹き飛ばされ、高さ十数メートルにある修道院の建物を越えて、その2階の中庭に落下しました。カレーロ・ブランコはすぐに病院に運ばれましたが、護衛の側近や運転手と同様に即死でした。爆発現場のクラウディオ・コエリョ通りには、直径10メートル以上もの大きな穴が開きました。

暗殺後の影響

ETAは事件発生後まもなく、フランス領バスクのバイヨンヌで犯行声明を発表し、スペイン政府の弾圧を非難しました。事件発生当初は原因不明の爆発事故として報じられましたが、約7時間後にはETAによる暗殺事件であることが明らかにされました。翌12月21日には、当時のフアン・カルロス王子（後の国王）によって国葬が執り行われました。

暗殺を実行したETAのメンバー6人は、サラマンカやコインブラを経由し、ポルトガルを通ってフランス領バスクへ逃亡しました。彼らは後に逮捕され、死刑判決を受け、1974年9月に処刑されました。この処刑に対し、フランコ政権は国内外の反フランコ派メディアから厳しい非難を浴びましたが、国内の多くのメディアはこれを当然の措置として受け止めました。

しかし、カレーロ・ブランコの暗殺は、フランコ体制の将来への不安を煽り、スペインの政治情勢を一層混迷させました。この事件は、結果的に独裁体制の崩壊を早める一因となったと考えられています。カレーロ・ブランコの死後、12月20日からトルクアト・フェルナンデス＝ミランダが暫定首相を務め、12月31日にはカルロス・アリアス＝ナバーロが新首相に就任しました。その後もフランコ自身が再び首相の座に戻ることはありませんでした。

翌1974年、フランコは手術のため入院し、フアン・カルロス王子が一時的に国家元首の職務を代行しましたが、これはフランコ以外の人物が国家元首を務めた初めてのケースでした。そして1975年11月にフランコが死去し、スペインは民主化への移行期を迎えることになります。

参考文献

碇順治『現代スペインの歴史』彩流社、2005年
大泉光一『バスク民族の抵抗』新潮社、1993年
楠貞義・ラモン・タマメス・戸門一衛・深澤安博『スペイン現代史』大修館書店、1999年
戸門一衛『スペインの実験社会労働党政権の12年』朝日新聞社, 1994年

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