ルクレティアの物語 (ボッティチェッリ)

サンドロ・ボッティチェッリ『ルクレティアの物語』

サンドロ・ボッティチェッリが1496年から1504年にかけて制作した油彩画『ルクレティアの物語』は、古代ローマの伝説的な女性ルクレティアの悲劇を描いた作品です。この作品は、カッソーネ（婚礼用長持）またはスパッリエーラ（腰壁）を飾る板絵として描かれ、『ウェルギニアの物語』と対をなす作品として知られています。

主題

ルクレティアの物語は、オウィディウスの『祭暦』やリウィウスの『ローマ建国史』に記されています。ルクレティアは、ローマ王タルクィニウス・スペルブスの時代に、ルキウス・タルクィニウス・コッラティヌスの妻として、その貞節で知られていました。ある時、夫が戦場を離れた際に、王の息子セクストゥス・タルクィニウスが彼女の貞節を試そうとします。他の妻たちが宴会に興じる中、ルクレティアだけが貞淑に家を守っていたのです。これに欲望を抱いたセクストゥスは、ルクレティアを脅迫し、関係を強要しました。辱められたルクレティアは、父と夫を呼び、真相を告げた後、自ら命を絶ちます。この事件はローマ市民の怒りを買い、ルキウス・ユニウス・ブルトゥスが中心となり、タルクィニウス王を追放、共和政が始まるきっかけとなりました。

作品の構成と特徴

『ルクレティアの物語』と『ウェルギニアの物語』は、どちらも三分割の画面構成で、異時同図法的に物語が展開されています。ボッティチェッリは、それぞれの場面を古代の建築要素で区切り、物語の進行を強調しています。また、どちらの作品も暴虐な支配者に対するローマ市民の反乱をテーマとしており、関連性があります。

『ルクレティアの物語』では、画面左側にセクストゥス・タルクィニウスがルクレティアを脅迫する場面が、中央にはルクレティアの遺体が公開され、ブルトゥスが民衆に反乱を呼びかける場面が、右側にはルクレティアが自殺する場面が描かれています。建築物のフリーズには、ルクレティアの自殺後、戦争のエピソードが描かれているとみられます。画面左のポーチのフリーズには、旧約聖書の女傑ユディトとホロフェルネスが、右のポーチには隻眼の英雄ホラティウス・コクレスが描かれています。

各場面の詳細

中央の場面では、ルクレティアの遺体が公開され、ブルトゥスが民衆に反乱を説いています。集まった兵士たちは、ルクレティアの遺体を見て嘆き悲しみ、ブルトゥスと共に反乱を決意します。横たわるルクレティアの胸には、自殺に使われた短剣が刺さっています。ブルトゥスの背後の石柱には、ゴリアテの首を持つダビデの像が立っています。これは、専制政治に対する反乱の象徴であり、ルクレティアの復讐だけでなく、王政の打倒を目指す政治的な意味合いも示唆しています。また、凱旋門右上には、祭壇の火に手を入れるガイウス・ムキウス・スカエウォラの姿が描かれています。

ボッティチェッリはこの作品で、フォロ・ロマーノのような有名な場所ではなく、田園地帯が広がる小さな町を舞台に選んでいます。この舞台設定は、物語を演劇的に表現したものであり、ボッティチェッリが明確な政治的メッセージを伝えようとした意図が感じられます。

作品の来歴と影響

『ルクレティアの物語』は、イギリス貴族のアシュバーナム伯爵のコレクションとして初めて記録されました。その後、アメリカの美術収集家イザベラ・スチュワート・ガードナーの手に渡り、現在では彼女のコレクションを収蔵するイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に所蔵されています。この作品は、アメリカで最初にコレクションされたボッティチェッリの作品となりました。

ボッティチェッリの構図や建築要素の使用は、彼の師の息子であり、弟子でもあったフィリッピーノ・リッピの作品にも影響を与えています。リッピもまた、『ルクレティアの物語』と『ウェルギニアの物語』を制作しており、これらの作品はボッティチェッリよりも早く制作されました。

2019年、『ルクレティアの物語』と『ウェルギニアの物語』は、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館での展覧会で再会を果たしました。

この作品は、ルクレティアの悲劇を通じて、当時の政治的状況や社会的な問題を映し出しており、ボッティチェッリの卓越した芸術性とともに、歴史的な背景を理解する上で貴重な資料となっています。

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