ルノー・トラフィック

トラフィック（TRAFIC）は、フランスの自動車メーカー、ルノーによって1980年から現在に至るまで製造・販売が続けられている小型商用バン、およびその派生車種のシリーズです。4ドアのバン型を基本としながらも、多様なボディタイプや用途に対応するモデルが展開されてきました。特筆すべきは、ルノー自身の商用車部門だけでなく、長年にわたり様々な自動車メーカーとの提携を通じて多くのバッジエンジニアリングモデルが誕生し、世界中で販売されてきた点です。フィアット、日産、三菱自動車、オペル、ボクスホール、シボレー、タタ・モーターズなど、多くのブランドから異なる車名で供給されてきました。車名の「トラフィック」はフランス語で「貿易」や「交通」を意味する言葉に由来しています。

初代 (X20型系: 1980年 - 2000年)

1980年夏、トラフィックはそれまで生産されていたエスタフェットの後継モデルとして市場に導入されました。設計当初は、車両総重量が2.1トンから2.8トンのクラスを想定していましたが、技術的に関連性の高い大型商用車、マスター（2.8トンから3.5トン）も同時に登場しています。初代トラフィックの大きな特徴は、バンとしては珍しい複数駆動方式の設定でした。旅客輸送やミニバス用途には前輪駆動の「Trafic-T」、ピックアップトラックや平ボディトラックには後輪駆動の「Trafic-P」が用意され、さらに1985年半ばからは四輪駆動モデルも加わりました。エンジンは車軸前方に配置され、キャブがその後方に載るレイアウトを採用。ラジエターグリルが前方に突き出た外観を持つモデルはディーゼルエンジン搭載車でした。

当初は35kWから59kWのガソリンエンジンと、44kWから49kWのディーゼルエンジンが設定され、当時のセグメントでは一般的な角張ったボディ形状でした。1990年頃のマイナーチェンジでは、エンジン出力が向上し、55kWディーゼルと70kWガソリンが選択肢に加わります。1994年のマイナーチェンジではラインナップが見直され、48kWと55kWの2種類のディーゼルと74kWのガソリンエンジンに集約されました。デザイン面では、ボンネットからルーフへと続くラインが特徴的で、初期の逆スラントノーズのヘッドライト周りは、1990年頃の変更で通常の丸みを帯びたスラントノーズとなりました。

海外展開も積極的に行われ、1980年代にはアメリカのモーターホームメーカー、ウィネベーゴがCKDキットを用いてノックダウン生産を行い、ウィネベーゴ・レシャロやアイタスカ・フェイザーとして販売しました。これは米国の安全基準適合を目的とし、エンジンにはDouvrinエンジン（PRVエンジン）が搭載されました。また、1997年からはGMヨーロッパとの提携により、オペル・アリーナ（英国ではボクスホール・アリーナ）、そしてシボレー・スペースバンとしても供給が始まりました。初代のプラットフォームは、後にインドのタタ・モーターズがタタ・ウィンガーを開発する際のベースともなっています。

2代目 (X83型系: 2000年 - 2014年)

2000年に行われたフルモデルチェンジで登場した2代目トラフィックは、ゼネラルモーターズ（GM）と共同で開発されました。これにより、GM系のオペルおよびボクスホールからはヴィヴァーロA、提携関係にあった日産自動車からはプリマスターとして販売されました。生産はフランスのルノーデザイン主導で行われましたが、組立は英国のGM欧州工場（ルートン）とスペインの日産工場（バルセロナ）でも行われています。

デザインは先代から大きく変わり、より丸みを帯びたものになりました。特に、下向きのドロップ型ヘッドライトと、運転席・助手席上部のドーム状の膨らんだ造形が特徴的です。リアライトはプラスチック製のボディエッジに埋め込まれています。全体の印象は先代よりややコンパクトに見えますが、牽引能力は1,000kgから1,200kgへと増加しました。ボディサイズはショートボディのL1とロングボディのL2が設定され、モデルコードも新たな規則で付与されました。2012年のユーロNCAP衝突安全テストでは、5点満点中星2つという評価でした。

2006年にはフェイスリフトが実施され、前期型（Phase I）と後期型（Phase II）に区別されます。この変更では、フロントグリルの形状とウインカーの位置が見直されました。

搭載されたエンジンは、デビュー当初は2.0Lガソリンに加え、1.9Lと2.5Lのコモンレール式ディーゼルエンジン（ユーロ3適合）がラインナップされました。2006年のフェイスリフト以降は、排出ガス基準ユーロ4またはユーロ5に対応したエンジンが中心となります。1.9Lディーゼルは2.0Lに排気量が拡大され、DPFなしでユーロ4に対応しました（旧型の1.9Lは東欧向けなどで継続設定）。2.5Lディーゼルは出力が向上し、DPF装着による損失を補いました。トランスミッションには6速のクイックシフトが導入されています。

仕様面では、最大9人乗りの乗用モデルと商用モデルが用意され、エンジンやホイールベースの組み合わせで約40種類のバリエーションが存在しました。商用モデルはパネルバンやダブルキャブパネルバンがあり、標準ルーフに加えハイルーフも選択可能。乗用モデルには、機能性を重視した「Combi」、プライバシーガラスが特徴の「Passenger Black Edition」、ファミリー向けの「Generation Evado」などがありました。特にエヴァドは、ベッドにもなるシートやテーブルを備え、レクリエーション用途に適したモデルでした。

2014年8月、2代目トラフィックの生産は終了しました。

3代目 (X82型系: 2014年 - )

2014年9月に欧州で発表された3代目トラフィックは、フランスのサンドゥヴィル工場で生産が開始されました。この世代も多くのメーカーにOEM供給されましたが、その関係は複雑に変遷しました。

発売当初は、オペルおよびボクスホールへヴィヴァーロBとして供給されましたが、オペル/ボクスホールが2018年にグループPSA（現ステランティス）傘下に入ったことを機に、2019年にはルノーとの提携を解消し、シトロエン・ジャンピーベースの新型ヴィヴァーロに切り替わっています。日産へはプリマスターの後継としてNV300として供給されましたが、2021年にはスタイル変更とともに再びプリマスターの名称に戻されています。フィアットへはスクードの後継となるタレントとして供給が始まりましたが、ルノーとフィアットの経営統合交渉が決裂した影響もあり提携が終了。その後、フィアットがステランティス傘下となったことで、2022年にはシトロエン・ジャンピーベースで再びスクードが復活しています。三菱自動車へは、ルノー・日産・三菱アライアンスの一環として、2020年からオセアニア市場向けにエクスプレスとしてOEM供給されましたが、オーストラリアの衝突試験で低い評価を受けたことなどから、わずか2年で販売を終了しています。

3代目のデザインは、水平基調のグリルやシャープなヘッドライトなど、フロント部分を中心に現代的な進化を遂げています。インテリアでは、ダッシュボードに統合された7インチタッチスクリーンを備えたR-Linkマルチメディアシステムや、リバースカメラなどが利用可能となり、利便性が向上しました。また、助手席下に長尺物を収納できるハッチが備わるなど、商用車としての実用性も高められています。

その積載能力や広い積載容量、人間工学に基づいたインテリア、そしてセダンライクな快適な走行性能が評価され、2015年にはアーガス賞の商用車部門を受賞しています。

スタイル変更 (Phase 1 / Phase 2)

2019年4月には、新しいLEDサインを組み込んだフロントデザインへの変更が発表されました（Phase 1後期）。さらに2020年11月には、2021年モデルとして大幅なマイナーチェンジ（Phase 2）が行われ、乗用モデルが先行して発表されました。この変更では、LEDサインが特徴的な「C」の字型に変更され、グリルやボンネットも再設計されています。商用モデルも2021年9月に同様の変更が実施されました。

多様な仕様と派生モデル

3代目トラフィックは、商用バン（窓の有無やスライドドアの選択が可能）、乗用ワゴンなど様々なボディタイプが設定されています。また、ベースモデルに加え、用途に応じた多様な特別仕様や派生モデルが登場しています。

トラフィックスペースノマド: 2022年7月にフランスで発売されたキャンピングカー仕様。昇降式のルーフ内にベッドを備え、冷蔵庫や簡易キッチン、屋外シャワーなども装備。ルノー工場で生産されたベース車両をPilote社が改造しています。
スペースクラス: 2021年5月発売のVIP向けコンフォート仕様。「シグネチャー」バージョンは本革シートや回転対面シートを備え移動式リビングとしても使用可能。「エスカペード」バージョンは後席がベッドになり休暇用途に適しています。
フォーミュラエディション: 2018年に登場した、特別ペイントや専用トリムを備えた限定仕様。
X-Track: 2016年発売の前輪駆動オフロード仕様。
* E-Tech: 2022年に発表された100％電気自動車モデル。90kWモーターと52kWhバッテリーを搭載し、航続距離は約240km。2023年から市場投入が予定されています。

このように、ルノー・トラフィックは長年にわたり進化を続け、その実用性と多様性から、商用車としてだけでなく、様々なニーズに応えるモデルとして広く利用されています。

もう一度検索