ロシア・ウクライナガス紛争

ロシア・ウクライナガス紛争とは

ロシア・ウクライナガス紛争は、ソビエト連邦崩壊後、ロシアとウクライナの間で継続的に発生している天然ガスの供給と価格設定をめぐる一連の紛争です。直接の当事者は、ロシアのガスプロム社とウクライナのナフトガス・ウクライナ社という国営ガス企業ですが、両国の政府が深く関与しているため、国家間の紛争と見なすことができます。この紛争は、2006年、2008年から2009年、そして2014年にも発生しました。

紛争に至る経緯

ソ連時代、ロシアは東欧から西欧にかけて大規模なパイプライン網を構築し、大量の天然ガスを輸出していました。特にウクライナを含む独立国家共同体諸国に対しては、歴史的な経緯から欧州諸国よりも割安な価格でガスを供給していました。ただし、ウクライナ向けのガス価格は、パイプラインの輸送費とのバーター決済の指標として使われており、実際にその価格で販売されていたわけではありません。

ウクライナは、この紛争においてしばしば被害者と見なされがちですが、ソ連時代から無許可でロシアのガスを抜き取る行為を繰り返していました。特にソ連崩壊後の1990年代初頭には、料金の不払いや無断抜き取りが頻発し、ガス供給が何度も停止されました。また、ソ連崩壊後の混乱期には、ロシア側がウクライナとの貿易で代金を支払わなかった過去もあり、ウクライナ側にはロシアのガス供給停止に対する不満が蓄積されていました。

2005年から2006年の紛争

紛争の背景

2004年にウクライナで発生したオレンジ革命により、親欧米的な新政権が誕生しました。これに対し、ロシアは、ウクライナの野党勢力を支援していたこともあり、自国への影響力低下を危惧しました。このため、ロシアはウクライナ現政権に対する制裁としてガス価格の引き上げを実施したと当初は報じられました。

しかし、ロシア側は、国際的なエネルギー価格の高騰に対応した市場原理に基づく経済的措置であると主張し、政治的な意味合いを否定しました。実際、ウクライナだけでなく、ロシアと良好な関係を維持するアルメニアなどに対しても同様にガス料金の改定が行われました。また、ベラルーシに対しては、低価格でのガス供給を継続する代わりに、天然ガスパイプラインの権益の一部をロシアに譲渡することが決定されました。

紛争の経緯

2005年3月、ガスプロム社とベラルーシ政府がガス供給契約を更新し、1,000立方メートルあたり46.5ドルという低価格に設定されました。ただし、ロシアは、その代償としてベラルーシ南部を通るパイプラインの権益を獲得しました。
2005年4月、ガスプロム社とウクライナ政府との間でガス供給契約の更新交渉が行われましたが、ガス価格が1,000立方メートルあたり50ドルから160ドル（後に230ドルまで上昇）へと大幅に引き上げられる提案がなされ、交渉は難航しました。
2005年12月、ガスプロム社はウクライナ政府に対し、契約がまとまらない場合は2006年1月1日からガス供給を停止すると改めて表明しました。ウクライナ政府は、1994年のブダペスト覚書に反するとしてロシア政府に抗議し、アメリカ合衆国とイギリス政府に介入を求めました。
2006年、ガスプロム社はウクライナへのガス供給を停止しました。ウクライナへの供給は、EU諸国向けと同じパイプラインで行われていたため、EU諸国への供給量を30％削減する形で実施されました。ウクライナはこれを無視してガスを使い続けたため、パイプラインの末端にあるEU諸国へのガス圧が低下し、大混乱が発生しました。1月4日、仲介業者を介在させることを条件に、1,000立方メートルあたり95ドルでの供給再開で合意しました。

紛争の余波

2006年2月、ウクライナ議会はガス紛争における政府の対応を問題視し、内閣不信任案を可決しました。
2006年3月、ウクライナの総選挙では、ロシアとの関係強化を主張する野党が議席を伸ばしました。
天然ガス供給の不安に直面したEU諸国は、ガス調達先の多様化やエネルギー政策の見直しを始めました。
日本も、ロシアと進めているサハリンでの天然ガス開発計画に対してリスクを検討せざるを得なくなりました。
ウクライナ経由でガス供給を受けていた中欧や西欧諸国は影響を受けましたが、ウクライナ国内の市民生活への影響は比較的軽微でした。これは、ウクライナが地下貯蔵庫からガスをくみ出したこと、産業利用を制限して市民向けに優先的に供給したことなどが理由とされています。また、欧州諸国向けのガスを抜き取ったという指摘もあります。
ウクライナへのガス供給停止がEU諸国に深刻な影響を与えることが判明したため、各国は今後の対応を迫られることになりました。
ウクライナを迂回してヨーロッパに天然ガスを供給するノルド・ストリームとサウス・ストリームの建設が加速されました。
2006年1月から2月にかけて、ロシア西部の市場で塩が不足し、価格が高騰しました。これは、岩塩の輸出元であるウクライナが、ガス値上げの報復措置として価格をつり上げるとのデマが流れたためです。

2008年の紛争

紛争の背景

ガスプロムは2006年の紛争後、ウクライナへのガス輸出を子会社であるロスウクレエネルゴ社を通じて行うシステムを導入しました。これは、ロシア産ガスと中央アジア産ガスを混合することで料金を低減させるシステムでしたが、混合比率によって料金が乱高下する複雑なものでした。

紛争の経緯

2008年2月、ガスプロムはウクライナがガス購入代金として約15億ドルを滞納していると主張し、供給停止を警告しました。
両国首脳間の交渉により、ウクライナ側が料金の支払いに応じたため、対立は解消されるかに見えました。しかし、ガスプロム側は、2008年1月と2月分の6億ドルの追加支払いを要求しました。これに対し、ウクライナ側は子会社を通じた供給体制の見直しを要求し、交渉は暗礁に乗り上げました。
2008年3月3日、ガスプロムはガス供給を25%削減し、さらに当日の夜には10%を追加削減しました。ウクライナ側は備蓄を取り崩して対応したため、2006年のような欧州全体への影響は回避されました。

2009年の紛争

紛争の経緯

ガスプロムはウクライナ側のガス滞納料金が罰金を含めて約21億ドルに上り、全額返済しなければ1月1日からガスを止めると警告しました。
ウクライナは2008年12月30日、罰金を除く滞納分に相当する約15億ドルを返済したと主張しましたが、罰金の6億ドルの返済時期を含めて合意には至らず、1月1日にガス供給が停止されました。
1月18日、ロシアのプーチン首相とウクライナのティモシェンコ首相は、2009年度のガス供給価格に関しては20%の割引を行うが、2010年度以降はヨーロッパ諸国と同じ価格を支払うことで合意しました。

紛争の余波

2006年の紛争と同様に、ウクライナを経由してガス供給を受けていたヨーロッパ諸国が影響を受けました。特にバルカン半島諸国では影響が大きく、1月6日にはブルガリア、ギリシャ、トルコ、マケドニアへのガス供給が全面停止しました。
ロシアはバルカン半島などへのガス紛争の影響を避けるため、黒海海底を経由するサウス・ストリームの建設を進めています。

2010年の合意（ハリコフ合意）

2010年1月の大統領選挙の結果、親ロシア派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチが大統領に就任しました。同年4月、ウクライナがクリミアにおけるロシア黒海艦隊の駐留期限を延長する見返りに、ロシアはウクライナ向けガス代金を割り引くというハリコフ合意が成立しました。

2014年の紛争

2014年のウクライナ騒乱により、親露政権が崩壊したことから、ロシアは代金未払いが続けば供給を打ち切る可能性を示唆しました。ガスプロムは、天然ガスの輸出代金の未払い額が18億ドル以上に達したと指摘しました。同年5月8日、ロシアは未払い金が支払われないことを理由に、6月1日から前払い制に移行することを通知し、ガス代金を1,000立方メートルあたり268.5ドルから485.50ドルに値上げしました。

同年5月15日、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ経由でガス供給を行っている東欧諸国に対し、ウクライナがガス料金を支払わなければ6月1日以降ガス供給を行わない可能性を通知しました。欧州委員会が仲介に入り、三者協議が行われ、ウクライナが代金支払いについて前向きな姿勢を見せましたが、月末までに支払った代金はロシア側の主張する債務の三分の一に留まりました。

2014年以降、ウクライナはロシア産天然ガスへの依存を低下させる政策を実施し、輸入量を低下させました。

2022年ロシアによるウクライナ侵攻以降

2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降も、EU加盟国のオーストリアやハンガリー、スロバキアなどは、契約に基づきウクライナを通過するパイプライン輸送を通じてガスの供給を受けてきました。2024年で満期となる通過契約の更新にあたり、ロシア側は期限延長の意向を示しましたが、ウクライナ側は拒否しました。2025年1月1日、ガスプロムはウクライナ経由のガス供給を停止しました。

多くの国ではベラルーシ・ポーランド経由のパイプライン輸送で急場をしのぐこととなりましたが、ウクライナ経由のパイプライン輸送に頼らざるを得ない沿ドニエストル共和国では、一般家庭へのガス供給が全面停止しました。

出典

参考文献
湯浅剛「ロシアとウクライナの「ガス紛争」」イミダス、2009/05/15
本村眞澄「繰り返されたロシア・ウクライナ天然ガス紛争」石油・天然ガスレビュー2009年3月号、2009-3-19、石油天然ガス・金属鉱物資源機構
ダニエル・ヤーギン『新しい世界の資源地図: エネルギー・気候変動・国家の衝突』東洋経済新報社 (2022/1/28)
ダニエル・ヤーギン「ウクライナと露｣エネルギーから見る危機の歴史　ロシアと欧州 エネルギー安全保障重視の契機｣東洋経済オンライン2022/03/02 6:30（『新しい世界の資源地図』抜粋）
関連項目
ロシア・ベラルーシエネルギー紛争
ボリビアガス紛争
ウクライナ危機
外部リンク
* 「ロシア産天然ガス問題の裏」All About

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