ロシア民族楽器オーケストラ

ロシア民族楽器オーケストラとは、主にロシアの伝統的な弦楽器であるバラライカやドムラといった楽器を中心に構成される、独自の編成を持つ合奏団のことです。このオーケストラ形式は、19世紀末にロシアの音楽家ワシーリー・アンドレーエフ（1861年 - 1918年）によって構想され、設立されました。アンドレーエフが創設した「大ロシア合奏団」は、このジャンルの最初のオーケストラとして、ロシア音楽史において重要な役割を果たしました。

創設と初期の歴史

19世紀末のロシアの首都サンクトペテルブルクでは、イタリア・オペラをはじめとする西ヨーロッパの音楽文化が支配的でした。こうした状況下で、アンドレーエフは「我がロシアの楽器のみによる、オリジナルのオーケストラ」を創設することを決意します。彼は、当時のバラライカやドムラの構造や演奏法に大幅な改良を施し、これらの楽器の音楽的な表現力を高めることに尽力しました。アンドレーエフが設立した「大ロシア合奏団」は、1896年に正式に創立されました（前身となるバラライカのアンサンブルは1888年に最初の演奏会を実施）。設立当初の編成は、改良されたバラライカとドムラを中心に、2種類のグースリを含む22名でしたが、後に音域の異なる4種類のグドークも加えられ、楽器のバリエーションが豊かになりました。

国内外での活動と影響

アンドレーエフ率いる大ロシア合奏団は、当時のツァーリ政府からの妨害を受けながらも、ロシア国内各地での演奏旅行を積極的に行い、多くの聴衆にロシア民族楽器の魅力を伝えました。この活動は、作家のマクシム・ゴーリキー、画家のイリヤ・レーピン、声楽家のフョードル・シャリアピンといった著名な文化人からも熱狂的な支持を受け、シャリアピンは合奏団のコンサートにゲスト出演し、ロシア民謡を歌うこともありました。

さらに、1908年から1911年にかけて、大ロシア合奏団はドイツ、イギリス、フランス、アメリカといった西ヨーロッパおよび北米への大規模な演奏旅行を敢行し、各地で大きな成功を収めました。この国際的な成功は、単にロシア民族楽器の存在を広く知らしめただけでなく、訪問先各地でロシア・バラライカ演奏家協会の設立や、音楽学校におけるバラライカやドムラの演奏教育がカリキュラムに導入されるなど、世界的な普及に繋がる大きな影響を与えました。

革命後の継承

1917年のロシア革命後、アンドレーエフと大ロシア合奏団はソビエト政府に協力する道を選び、ロシア内戦時には前線での慰問コンサートを行うなど、積極的な活動を続けました。しかし、1918年にアンドレーエフが亡くなると、彼の築いた民族楽器オーケストラの構想は、当時のロシアにおける二大音楽都市であったレニングラード（現サンクトペテルブルク）とモスクワの二つの主要なプロフェッショナル・オーケストラへと引き継がれていくことになります。

主なオーケストラ

アンドレーエフ記念国立ロシア民族楽器オーケストラ：レニングラード（サンクトペテルブルク）を拠点とするこのオーケストラは、大ロシア合奏団でコンサートマスター兼副指揮者を務めたV.V.カツァンが1907年から率いていた合奏団が前身です。この団体は「第一国立民族オーケストラ」と称され、1925年にはレニングラード放送の系列下に入りました。そして、1951年には創始者アンドレーエフの功績を称え、「アンドレーエフ記念国立ロシア民族楽器オーケストラ」と改称されました。主に交響音楽作品の演奏や録音活動に力を入れ、サンクトペテルブルクの芸術性の高い音楽風土に深く根ざした活動を展開しています。

オシポフ記念国立ロシア民族楽器オーケストラ：モスクワを拠点とするこのオーケストラは、1919年に元大ロシア合奏団のバラライカ奏者B.S.トロヤノフスキー（1883年 - 1951年）とドムラ奏者P.I.アレクセーエフ（1892年 - 1960年）が、赤軍の特命部隊を基盤として立ち上げた合奏団が起源です。1921年には国立化され、その後もラジオ委員会やモスクワ・フィルハーモニーに編入されるなど組織変更を経ました。第二次世界大戦中の1942年に一時解散しましたが、ニコライ・オシポフによって再編成され、1945年のオシポフの死後、彼の名が冠されました。このオーケストラは国内外での公演活動が特に活発で、子供から音楽の専門家まで幅広い層を対象としたコンサートを行う傾向があり、アンドレーエフが掲げた「民衆の音楽的な啓蒙」という理想を最も色濃く継承していると評価されています。

多様なレパートリーとその評価

ロシア民族楽器オーケストラのレパートリーは非常に幅広く、その根幹には「民衆が聴きやすい音楽」というアンドレーエフの思想があります。元々、大衆音楽を器楽化することから始まったこのジャンルの中心的な演奏曲目には、ロシア民謡の巧みな編曲、ロシアや西ヨーロッパのクラシック音楽作品の演奏、そしてこのオーケストラのために特別に作曲されたオリジナル作品があります。また、当時の社会で流行していたサロン音楽なども積極的に演奏されました。

しかし、こうした多様なレパートリーや、聴衆層を広げるための姿勢に対しては、一部から批判的な意見もありました。特に、作曲家のミリイ・バラキレフや評論家のウラディーミル・スターソフなどがその代表です。バラキレフは当初、アンドレーエフの試みを歓迎しましたが、後に距離を置くようになり、合奏団のために作品を書くという約束も果たしませんでした。スターソフに至っては、アンドレーエフが「俗物たちの機嫌を取るためにロシア民族音楽を歪曲した」と厳しく非難しています。

一方で、ロシア民族楽器オーケストラの芸術性を認め、積極的に支援した音楽家も存在します。作曲家のアレクサンドル・グラズノフは、このオーケストラのために『ロシア幻想曲』（1906年初演）を作曲しました。その他にも、ミハイル・イッポリトフ＝イワノフ、A.F.パシチェンコ、セルゲイ・ワシレンコといった作曲家たちが、ロシア民族楽器オーケストラのためにオリジナル作品を提供しています。

まとめ

ロシア民族楽器オーケストラは、ワシーリー・アンドレーエフという一人の情熱的な音楽家によって、ロシアの伝統楽器に新たな生命が吹き込まれ、独自の音楽ジャンルとして確立された画期的な存在です。その活動は国内外で大きな反響を呼び、ロシアの音楽文化の普及に貢献しました。アンドレーエフ没後も、その構想は主要なプロフェッショナル・オーケストラによって継承され、現在もなお、ロシア国内外で多くの人々に愛される独自の音楽世界を発展させています。

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