ヴァイオリン協奏曲 (ストラヴィンスキー)

ストラヴィンスキー：ヴァイオリン協奏曲ニ調

この楽曲は、20世紀を代表するロシア生まれの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーが作曲した、彼の創作活動において唯一のヴァイオリン協奏曲です。ニ長調を基調としています。

作曲の背景

作品誕生のきっかけは、1930年にストラヴィンスキーが48歳の時、ポーランド系アメリカ人のヴァイオリニスト、サミュエル・ドゥシュキンと出会ったことに始まります。当時ドゥシュキンはまだ世界的に著名な存在ではありませんでしたが、ストラヴィンスキーにヴァイオリン協奏曲の作曲を熱心に依頼し、謝礼の申し出と共に、作曲における全面的な協力を約束しました。ストラヴィンスキーはドゥシュキンを生まれ持った才能を持つヴァイオリニストとして高く評価していましたが、ヴァイオリンという楽器に関する専門的な知識の必要性を考慮し、当初はこの依頼に対してあまり乗り気ではなかったと言われています。

作曲のプロセス

作曲作業は1931年の初春に南仏ニースで開始されました。楽曲全体は同年9月には完成しています。特に第1楽章は3月末に仕上がり、終楽章である第3楽章は、初演が間近に迫った9月になって、グルノーブル近郊のイゼール県ヴォレップで最終的に完成したと伝えられています。作曲にあたり、ストラヴィンスキーはドゥシュキン本人に加え、作曲家パウル・ヒンデミットからも助言を求めました。ドゥシュキンからは、楽曲の細部にわたる技巧的な側面について貴重なアドバイスが得られました。また、ヒンデミットからは、既存の指使いにとらわれない発想が、より自由で新しい楽想を生み出す可能性を示唆され、ストラヴィンスキーが抱えていた創作上の悩みが解消され、大いに励まされたとされています。

初演とその反響

作品の世界初演は1931年10月23日、ベルリンの放送局で行われました。独奏ヴァイオリンは依頼主であるサミュエル・ドゥシュキンが務め、指揮は作曲家ストラヴィンスキー自身が行い、ベルリン放送交響楽団が演奏しました。これは放送による初演という形式をとりました。初演後の批評家たちの反応は賛否両論に分かれ、「曲芸的である」といった否定的な意見も見られましたが、同時代の芸術家たちの間では概ね高い評価を獲得しました。

出版と献呈

楽譜は1931年にショット社から出版されています。また、この協奏曲の手稿譜にはサミュエル・ドゥシュキンに対する献辞が記されており、彼に献呈されています。

楽器編成

このヴァイオリン協奏曲は、独奏ヴァイオリンと以下の規模のオーケストラのために書かれています。

木管楽器: ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、コーラングレ1、E♭管クラリネット1、A管クラリネット2（第1奏者はB♭管持ち替え）、ファゴット3（第3奏者はコントラファゴット持ち替え）
金管楽器: ホルン4、トランペット3、トロンボーン3（第3奏者はバス・トロンボーン持ち替え）、チューバ1
打楽器: ティンパニ、バスドラム（ティンパニ奏者が兼務可能）
弦楽器: 弦五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。基本的な人数指定はあるものの、一部人数を増やして演奏される場合もあります）

楽曲の構成

作品は全体で3つの楽章から構成されていますが、第2楽章が「アリアI」「アリアII」と区別されることから、演奏上や解説によっては4楽章形式として扱われることもあります。全体の演奏時間はおよそ22分です。

第1楽章トッカータ (Toccata): ニ長調を基調とした、自由な形式による楽章です。
第2楽章アリア I／II (Aria I／II): アリアIはニ長調、3部形式。それに続くアリアIIは嬰ヘ短調で書かれています。
* 第3楽章カプリッチョ (Capriccio): ニ長調による、気まぐれで技巧的な要素を持つ楽章です。

主な録音

本作の最初の録音は1935年に実現しました。これは初演者であるドゥシュキンがヴァイオリン独奏、ストラヴィンスキー自身が指揮を担当し、ラムルー管弦楽団が演奏したSPレコードとして、ポリドールからリリースされたものです。ストラヴィンスキーはその後もこの協奏曲を録音しており、2度目の録音は1961年2月に行われました。この時の録音では、アイザック・スターンがヴァイオリン独奏を務め、作曲家自身がコロンビア交響楽団を指揮しています。

バレエ作品としての展開

このヴァイオリン協奏曲は、後にバレエ作品としても舞台化されています。1941年には、バジル大佐率いるオリジナル・バレエ・リュスによって、ニューヨークで『欄干』（Balustrade）というタイトルで公演されました。振付は高名なジョージ・バランシンが手掛け、美術と衣裳はパヴェル・チェリチェフが担当しました。ストラヴィンスキーは、このバレエの視覚的な表現について、自身の全バレエ作品の中でも特に満足のいくもののひとつであったと評しています。作曲家の没後となる1972年に開催されたストラヴィンスキー・フェスティバルにおいても、ニューヨーク・シティ・バレエ団によってバレエとして上演されました。この際、バランシンは以前の振付を覚えていなかったため、改めて新しい振付を創作し直したとされています。

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