ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ

ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ：不遇の天才音楽家

ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ（1710年 - 1784年）は、大作曲家ヨハン・ゼバスティアン・バッハの長男として生まれました。その才能は早くから認められましたが、生涯は安定とは程遠く、不遇のうちに幕を閉じました。本記事では、彼の生涯と作品について詳しく解説します。

生涯：才能に恵まれながらも不遇

1710年、フリーデマンはヴァイマルで生を受けました。父バッハは彼を溺愛し、音楽教育に力を注ぎました。その証が、1720年に作曲された《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集》です。この曲集は、フリーデマンの音楽教育のために特別に作られたもので、後に《平均律クラヴィーア曲集》の素材としても転用されました。

ライプツィヒで教育を受けた後、1733年にはドレスデンの聖ソフィア教会、1746年にはハレの聖母教会のオルガニストに就任しました。ハレでの就職は、父バッハの影響力があったため、通常の試験なしで採用されたと言われています。

しかし、1750年に父が亡くなると、フリーデマンの境遇は一変します。ハレでの生活は不幸なものとなり、職を求めて各地を転々としました。1762年にはダルムシュタットの宮廷楽長に任ぜられるも、就任には至りませんでした。1764年にはハレの職を辞し、その後は公職に就くことはありませんでした。晩年は放浪の日々を送り、貧困の中でベルリンで亡くなりました。

作品：大胆な幻想と繊細な感情

フリーデマンは膨大な数の作品を残しましたが、出版されたものはごくわずかです。教会カンタータや器楽曲が多く、特にクラヴィーア曲（フーガ、ポロネーズ、幻想曲など）や6つの無伴奏フルート二重奏曲は、大胆な幻想と感情のほとばしりで知られています。

彼の作品には、後期バロック音楽の対位法的な様式と、前古典派音楽の和声的で自由な様式が混在しています。このため、一貫性がないと批判されることもありますが、様々な音楽様式を吸収・同化できる器用さの表れと評価する研究者もいます。近年では、霊感に導かれた自由奔放な感情表現こそがフリーデマン作品の魅力であるとして、多感様式の代表的な作曲家として再評価する動きも出ています。

《ニ短調のシンフォニア》や《フルートのための二重奏曲》などでは、父や弟とは異なり、劇的な表現を避け、繊細で翳りのある表情や、突然の感情の中断といった特徴が見られます。また、弟カール・フィリップ・エマヌエルが早くから全音階的な音組織を用いたのに対し、フリーデマンは1760年代になっても半音階技法に執着し、《12のポロネーズ》などにその作例が見られます。

音楽家としての評価：父の遺産と独自の音楽性

フリーデマンは、弟カール・フィリップ・エマヌエルと同様に、鍵盤楽器演奏の大家でしたが、ヴァイオリンも得意としていました。ヨハン・ゴットリープ・グラウンの指導を受け、卓越した技術を身につけ、父バッハの《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》全曲を軽々と弾きこなしたと言われています。

彼はまた、父バッハの最初の伝記作家であるヨハン・ニコラウス・フォルケルの有力な情報提供者でもありました。しかし、弟エマヌエルとは異なり、父の作品の管理人としては失格でした。相続した自筆譜を散逸させたり、父の作品を自作として偽ったりする行為も行いました。

このように、ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハは、才能に恵まれながらも、その音楽性が時代に合わず、不遇な生涯を送った作曲家でした。しかし、近年では、彼の作品の独創性や感情表現が高く評価され、再評価の動きが進んでいます。彼の作品に触れることで、バッハ一族の音楽の多様性と奥深さを再認識することができるでしょう。

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