ヴィルヘルム・ミクラス

ヴィルヘルム・ミクラス（Wilhelm Miklas、1872年10月15日 - 1956年3月20日）は、20世紀前半のオーストリアにおいて重要な役割を果たした政治家です。1928年から1938年まで、オーストリアの大統領として、激動の時代を舵取りました。

ミクラスは、下オーストリア州のクレムス・アン・デア・ドナウで、郵便局員の息子として生まれました。教育熱心な家庭環境で育ち、ザイテンステッテンの高校を卒業後、ウィーン大学に進学し、歴史と地理学を深く学びました。学業を修めた後、1905年から1922年まで、下オーストリア州ホルンの連邦中学校で校長を務め、教育者として地域社会に貢献しました。

政治家としてのミクラスは、キリスト教社会党に所属し、その活動を通じて頭角を現しました。1907年には、帝国議会議員に選出され、中央政界に進出。以後、彼は着実に政治家としてのキャリアを積み重ねていきました。

大統領としてのミクラスは、困難な状況に直面します。オーストリア連邦鉄道のストライキを巡り、国会は大混乱に陥り、議長のカール・レンナーをはじめとする要人が辞任する事態となりました。しかし、ミクラスは有効な対策を打ち出すことができず、政治的混乱は深刻化の一途を辿りました。その結果、議会は機能不全に陥り、エンゲルベルト・ドルフース首相による議会の「自主的解散」を招く遠因となりました。

ドルフース政権は、警察力と準軍事組織である護国団の武力を背景に、集会を禁止するなど強権的な政策を推し進めました。護国団の台頭は、ドルフースに憲法第48条に基づく「非常事態宣言」による独裁政治を行う機会を与えました。ミクラスは、こうした状況に対し、消極的な姿勢を崩しませんでした。政府は、祖国戦線を設立し、共産党やナチス、共和国防衛同盟などの活動を非合法化。労働運動への弾圧も行われ、1934年2月には2月内乱が発生しました。

社会民主党も非合法化され、オーストロファシズム体制が確立されました。ミクラスは大統領の地位を維持したものの、ドルフース首相や後継者のクルト・シュシュニック首相に対し、憲法違反を激しく非難しました。しかし、公の場で政府を批判することはありませんでした。

1934年の7月蜂起が失敗に終わった後、ミクラスはドルフースが死刑判決を受けた暗殺者の減刑を拒否したため、オーストリア・ナチスの反感を買いました。オーストロファシズム政権は、ナチス・ドイツからの圧力に対抗するため、イタリアやハンガリーとの連携を深めました。1936年には、ハンガリーのホルティ・ミクローシュをヴェルター湖に招き、歓待しました。

1938年1月、シュシュニック首相がアドルフ・ヒトラーにベルクホーフに呼び出され、ドイツ政府の要求を伝えられると、ミクラスはナチス党員に恩赦を与え妥協しました。しかし、オーストリア・ナチスのアルトゥル・ザイス＝インクヴァルトに警察権を与えることは拒否しました。ヒトラーはドイツ国防軍を独墺国境に展開させ圧力をかけ、ミクラスはザイス＝インクヴァルトを内相に任命せざるを得ませんでした。

同年3月、シュシュニック首相はオーストリアの独立を問う国民投票を行うことを発表しましたが、ドイツはシュシュニックの罷免とザイス＝インクヴァルトの首相任命を要求。ナチスを支持する群衆が首相官邸に押し寄せ、シュシュニックは辞意を表明しました。ミクラスはザイス＝インクヴァルトの首相任命を拒否し続けましたが、もはやナチス党員以外の候補者はいませんでした。ヒトラーはイタリアのムッソリーニから不介入の確約を得て、オーストリアへの侵攻を命令。ミクラスは、ザイス＝インクヴァルトを首相に任命せざるを得ませんでした。ドイツ軍はオーストリアに侵攻し、アンシュルスが実行されました。

アンシュルス後、ミクラスは自宅に軟禁されましたが、オットー・スコルツェニーによって保護されました。3月13日には、ザイス＝インクヴァルトによって「ドイツ・オーストリア合併を正式に宣言する総統布告」が公布され、オーストリアはナチス・ドイツに併合されました。ミクラスは大統領職を失いましたが、年金を保証され、政界を引退しました。

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