ヴォーティガンとロウィーナ

『ヴォーティガンとロウィーナ』（Vortigern and Rowena）は、1796年に突如として現れたイギリスの戯曲です。当時、この劇は「新たに発見されたウィリアム・シェイクスピアの作品」として大々的に宣伝されました。しかし、実際にはシェイクスピア外典に分類されるこの劇は、ウィリアム・ヘンリー・アイアランドという人物による偽作であったことが判明します。

劇の背景と初演の顛末

アイアランドは、以前にもシェイクスピアの偽作を発表していましたが、『ヴォーティガンとロウィーナ』は彼が手がけた唯一の戯曲でした。劇の発見のニュースは、当時大きな話題を呼び、劇作家リチャード・ブリンズリー・シェリダンはドルリー・レーン劇場での初演権を300ポンドで購入、さらにアイアランド家と利益を折半する約束まで交わしました。しかし、シェリダンは劇の内容があまりにも単純であることに気づき、また、主演を務めるはずだったジョン・フィリップ・ケンブルも、その信憑性に疑問を持ち始めました。決定的な出来事は、上演直前の3月21日に、シェイクスピア研究家エドモンド・マローンが発表した著書でした。この本の中で、マローンは『ヴォーティガンとロウィーナ』だけでなく、アイアランドが発見したと主張する他の資料についても、その信憑性を厳しく批判しました。

そして迎えた4月2日の初演、ケンブルはヴォーティガンの台詞「そして、此の厳粛なる嘲りが終わりし時」を皮肉を込めて繰り返しました。観客は劇を嘲笑し、劇はその後二度と上演されることはありませんでした。この事件を受けて、評論家たちは偽作の罪をアイアランドの父親、サミュエルに押し付けようとしましたが、ウィリアム本人が二つの自供書で責任を認めました。父子の評判は地に落ち、ウィリアムはフランスに逃亡。その後1832年にイギリスに戻り、自作として『ヴォーティガンとロウィーナ』を出版しましたが、成功を収めることはできませんでした。

劇の内容と「ブルターニュもの」との関連

『ヴォーティガンとロウィーナ』は、シェイクスピア外典に分類される『マーリンの誕生』や『ロークラインの悲劇』と同様に、「ブルターニュもの」、特にジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』を物語の源泉としています。これは、シェイクスピア正典における『リア王』や『シンベリン』がそれぞれレイア王やキンベリヌス王をモデルとしているのと同様です。

物語は、伝説のブリタニア王ヴォーティガンが、コンスタンティアス王位を簒奪したことから始まります。ヴォーティガンはサクソン王ヘンゲストの娘ロウィーナに恋をしますが、最終的にはコンスタンスの兄弟であるオーレリアスとウーゼル（アーサー王の父）の復讐を受けることになります。

まとめ

『ヴォーティガンとロウィーナ』は、その劇自体よりも、それが偽作であったという事件を通して、文学史にその名を刻みました。シェイクスピアの権威を悪用したウィリアム・ヘンリー・アイアランドの行動は、当時の社会に大きな衝撃を与え、今日でも多くの人々の関心を集めています。この劇は、文学における真実と虚偽、そして人間の欲望と野心を映し出す鏡として、今もなお私たちに様々な教訓を与え続けていると言えるでしょう。

参考文献

Ireland, William Henry (1805). The Confessions of William Henry Ireland.
Ireland, William Henry. Vortigern, an Historical Play. From Vortigernstudies.org.uk.
高儀進『シェイクスピア贋作事件: ウィリアム・ヘンリー・アイアランドの数奇な人生』白水社, 2005

外部リンク

William Henry Ireland's Shakespeare Forgeries
* A text of Vortigern and Rowena

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