一条忠頼

一条忠頼（いちじょう ただより）

一条忠頼は、平安時代末期の武将で、甲斐源氏の武田信義の嫡男として生まれました。甲斐国山梨郡一条郷を領し、一条氏を名乗りました。武田信義を棟梁とする甲斐源氏が挙兵すると、忠頼は中心的な役割を担い、その勢力拡大に大きく貢献しました。しかし、その後の源頼朝との対立により、悲劇的な最期を迎えることになります。

生涯

治承4年（1180年）8月、父・武田信義を棟梁とする甲斐源氏が挙兵すると、忠頼は中心的な役割を担い、信濃国や駿河国の平氏勢力を攻撃して勢力を拡大しました。10月には、平氏の追討軍を富士川の戦いで撃破し、駿河・遠江国を制圧しました。『吾妻鏡』における忠頼の初見は9月10日条の諏訪攻撃の記事であり、他の兄弟よりも早くその名が記されています。内乱前は、弟の武田有義が嫡流と見られていましたが、内乱期には忠頼が甲斐源氏の中心として活躍しました。

富士川の戦いの後、忠頼の動向はしばらく不明ですが、父の代理として駿河の在地支配を行っていたと考えられています。寿永2年（1183年）7月、木曾義仲が京に進撃して平氏を西国へ追いやると、『愚管抄』には「東国の武田」も入京したとありますが、『吉記』には信義・忠頼の名前はなく、安田義定のみが記されています。これは、甲斐源氏の結束が弱まっていたことを示唆しています。義仲はその後、孤立し、源範頼・義経軍によって討たれました。

『吾妻鏡』には、忠頼が義仲追討戦に参加し、粟津の戦いで義仲軍を撃破したと記されています。しかし、続く一ノ谷の戦いでは、安田義定は範頼・義経と同格に扱われる一方で、忠頼の名前は登場しません。これは、忠頼が京都に留まって治安維持に当たっていた可能性を示唆しています。平氏が屋島へ撤退した後、忠頼は東国へ帰還しましたが、間もなくして鎌倉に招かれ、頼朝の命を受けた天野遠景によって暗殺されました。

忠頼の死後、一条氏の家督は、頼朝に協力した弟・武田信光の次男である一条信長が継承しました。忠頼は一条郷の一条小山に居館を構え、後に時宗寺院の一蓮寺が創建されました。

忠頼謀殺の背景

『吾妻鏡』は、忠頼殺害の理由を「威勢を振るい、世を乱す志を抱いた」と曖昧に記しており、頼朝がなぜ忠頼を殺害したのかは明確ではありません。しかし、当時の政治状況を考慮すると、いくつかの要因が考えられます。

義仲滅亡後、鎌倉軍が畿内に進出し、朝廷と鎌倉の間で政治交渉が始まりました。平氏追討では両者の利害が一致していましたが、その他の問題では思惑のずれがありました。朝廷は、平家没官領を頼朝に与え、彼を正四位下に叙しましたが、内心ではこれ以上の権限委譲は避けたいと考えていました。

この時、忠頼も任官の栄に浴した可能性があり、その場合、武蔵守に任じられた可能性が指摘されています。武蔵は甲斐の隣国であり、忠頼がこの地に勢力を拡大しようとする思惑があったとすれば、朝廷が頼朝の対抗勢力として甲斐源氏を懐柔しようとする動きと合致します。しかし、武蔵の実効支配を否定された頼朝はこれを容認できなかったと考えられます。

『延慶本平家物語』には、忠頼が4月26日に討たれ、安田義定が武田信義追討のために甲斐に下向したとあり、『吾妻鏡』とは異なる記述が見られます。もしこの記述が正しいとすれば、忠頼の武蔵守補任、忠頼謀殺、そして源広綱・平賀義信の駿河守・武蔵守補任という流れになり、忠頼殺害は、頼朝が駿河の支配権を奪取するための行動であったとも考えられます。

また、『吾妻鏡』の5月1日条には、義仲の遺児・源義高誅殺を受けた与党追討のための軍勢が鎌倉から発向したとありますが、これは単なる残党狩りではなく、忠頼謀殺と同時に開始された甲斐源氏制圧のための軍事行動であった可能性も指摘されています。

関連作品

『鎌倉殿の13人』（2022年NHK大河ドラマ、演：前原滉）

脚注

金澤正大「甲斐源氏棟梁一条忠頼鎌倉営中謀殺の史的意義（Ⅰ）」（『政治経済史学』272号、1988年）
金澤正大「甲斐源氏棟梁一条忠頼鎌倉営中謀殺の史的意義（Ⅱ）」（『政治経済史学』446号、2003年）

関連項目

甲斐源氏
甲斐一条氏
甘利氏（一条行忠が巨摩郡甘利荘を領し、甘利氏を称する）

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