一言坂の戦い

一言坂の戦いとは

一言坂の戦い（ひとことざかのたたかい）は、元亀3年（1572年）10月、遠江国（現在の静岡県西部）の二俣城を巡り、武田信玄と徳川家康の間で繰り広げられた戦いです。この戦いは、武田信玄による西上作戦の一環として行われ、徳川家康軍にとっては、その後の三方ヶ原の戦いへと繋がる重要な戦いとなりました。

合戦の経緯

背景

1572年、武田信玄は織田信長を包囲する目的で西上作戦を開始しました。信玄は軍を3つに分け、山県昌景率いる部隊を三河へ、秋山虎繁（信友）率いる部隊を美濃へと先行させました。そして10月10日、信玄自身が率いる本隊3万は、信濃の青崩峠から徳川領の遠江へと侵攻を開始しました。

武田軍の侵攻開始とともに、北遠江の国人である天野景貫は信玄に寝返り、居城の犬居城を明け渡して武田軍の先導役を務めました。信玄は、犬居城で馬場信春に5,000の兵を預けて西の只来城に向かわせ、さらに南進して要衝である二俣城を目指しました。

一方、山県昌景隊は、すでに武田軍に降伏していた奥三河の山家三方衆を加え、遠江へ転進し、信玄本隊との合流を図っていました。二俣城は、徳川氏の本拠である浜松城だけでなく、その支城である掛川城、高天神城にも繋がる要所であり、徳川氏にとって遠江支配の要でした。しかし、徳川氏は三河への対応もあり、二俣城の防衛には8,000人余りの兵しか動員できず、織田氏からの援軍も期待できない状況でした。それでも、徳川家康は天竜川を渡らせまいと、本多忠勝・内藤信成を偵察に先行させ、自身も3,000の軍勢を率いて出陣、天竜川を渡河しました。

しかし、この時、武田軍は家康の予想を上回る速さで進軍していました。

一言坂の戦い

先行していた本多忠勝・内藤信成率いる偵察隊は、武田軍の先発隊と遭遇しました。偵察隊はすぐに退却を開始しましたが、武田軍は素早い動きで徳川軍を追撃し始め、太田川の支流である三箇野川や一言坂（静岡県磐田市一言）で戦闘が始まりました。

徳川軍は、望まない形で開戦となり、兵力差も大きかったため、家康は撤退を決意しました。内藤信成と本多忠勝は徳川本隊の殿（しんがり）を務め、一言坂の下という不利な地形に陣を敷きました。急な戦闘で陣形も整わない本多忠勝隊に、武田軍先鋒の馬場信春隊が突撃し、3段構えの陣形のうちの第2段までを打ち破りました。さらに、信玄の近習である小杉左近は、本多隊の退路を断つため、本多隊の後方（一言坂のさらに下）に回り込み、鉄砲を撃ちかけました。

これに対し、本多忠勝は、大滝流れの陣をとり、坂の下で待ち構える小杉隊に敵中突破を試みました。これは無謀な突撃であり、本多隊は死兵となる覚悟でしたが、小杉左近はこれに応戦せず、道を開けるように指示して本多忠勝隊を見逃しました。この時、忠勝は小杉に名を尋ね、感謝の言葉を述べたと言われています。

合戦後

徳川軍は無事に浜松城まで撤退することができましたが、武田軍はそのまま二俣城を包囲しました。家康は有効な対策を取ることができず、12月19日に二俣城は陥落しました（二俣城の戦い）。この結果、家康の遠江支配は大きく揺らぎました。

二俣城陥落と前後して、家康は織田氏の援軍を受け入れており、武田軍の次の標的を浜松城とみて籠城戦を覚悟しましたが、挑発に乗ってしまい、三方ヶ原で敗北を喫しました（三方ヶ原の戦い）。家康が浜松城へ撤退する際、殿を務める者がいない状況下で、内藤信成が進み出て殿を務め、武田軍を食い止めました。内藤信成・本多忠勝の活躍によって、徳川家康率いる本隊は無事撤退を完了させることができたのです。

なお、講談で有名な「三方ヶ原軍記」には、信成が敵陣を探る「内藤の物見」という段が存在します。

唐の頭に本多平八

一言坂の戦いの後、「家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八」という本多忠勝の武功を称える狂歌・落書が登場しました。「本多平八」は本多忠勝のことで、「唐の頭」とは家康が愛用していたヤクの毛でできた兜のことだとされています。しかし、異説もあり、「唐の頭」とは内藤信成が着用していた兜のことで、家康最大の撤退戦を成功させた内藤信成と本多忠勝二人の武功を称えた歌という説もあります。

また、この狂歌は小杉左近が書いたとされていましたが、実際には信其という人物が若き日の忠勝を歌ったものでした。後年、これを真似た狂歌として「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近に佐和山の城」というものが作られました。

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