西上作戦

西上作戦とは

西上作戦（せいじょうさくせん）は、戦国時代の1572年9月から1573年4月にかけて、甲斐の武田信玄が主導した大規模な遠征です。この作戦は、織田信長と同盟関係にあった徳川家康の領国である三河・遠江を主な戦場とし、武田軍は数々の激戦を繰り広げました。

作戦の背景

戦国期の甲斐・尾張関係と畿内情勢

戦国時代、武田氏は信濃侵攻を皮切りに勢力を拡大し、駿河の今川氏や相模の北条氏と同盟を結び、越後の上杉謙信とも対峙しました。一方、尾張の織田信長は勢力を伸ばし、今川義元を討ち取るなど、着実に勢力を拡大していました。

武田氏と織田氏は当初、敵対関係にありましたが、信長の妹婿の娘が武田勝頼の正室となるなど、一時的に関係が改善しました。しかし、武田氏が今川氏との同盟を解消し、駿河侵攻を開始すると、両者の関係は再び緊張状態へと戻っていきました。

駿河侵攻と甲斐・尾張関係の変化

1568年、武田氏は今川氏との同盟を破棄し、徳川家康と共同で駿河へ侵攻しました。これにより、武田氏は後北条氏との同盟も解消し、後北条氏は越後の上杉氏と同盟を結んで武田氏に対抗するようになりました。また、武田氏と徳川氏の間でも、今川氏の領土分割をめぐって対立が生じるなど、複雑な情勢となりました。

1570年には、信長が朝倉義景討伐のために越前遠征を行い大敗。これをきっかけに各地で反信長勢力が決起し、第一次信長包囲網が形成されました。武田氏も、本願寺顕如からの援助要請を受けて、信長包囲網に加担しました。

上杉謙信への牽制

1572年8月、武田信玄は上杉謙信を牽制するため、越中の一向一揆を扇動し、謙信を越中での戦いに専念させました。

戦役

出兵・序盤

1572年9月、武田信玄は山県昌景と秋山虎繁に先発隊を率いさせ、徳川家康の領国である三河へ侵攻させました。その後、信玄自身も大軍を率いて遠江へ侵攻しました。武田軍は、奥三河の国人領主たちを味方に付け、遠江の諸城を次々と攻略していきました。

一方、東美濃では、岩村城の城主であった遠山景任が病死したため、未亡人のおつやの方が城主となっていましたが、秋山虎繁に包囲され、婚姻を条件として降伏。織田信長が養子として送り込んでいた御坊丸（後の織田勝長）を武田氏に引き渡しました。

一言坂・二俣城の戦い

徳川家康は、武田軍の侵攻に対し、遠江の兵力だけで迎え撃ちましたが、一言坂の戦いで武田軍に敗れました。その後、武田軍は遠江の要衝である二俣城を包囲し、水攻めによって城を落としました。二俣城の陥落により、遠江の大部分が武田氏の支配下となりました。

三方ヶ原の戦い

徳川軍に織田軍の援軍が加わり、戦力が増強されたものの、1572年12月22日、三方ヶ原の戦いにおいて武田軍に大敗を喫しました。しかし、武田軍は浜松城を攻め落とすには至らず、軍を一旦引きました。

三河侵攻

年が明けて1573年1月、武田軍は三河へ侵攻し、東三河の要衝である野田城を包囲しました。野田城は小規模な城でしたが、城兵の抵抗は激しく、武田軍は水攻めによって2月10日にようやく城を落としました。

撤退

野田城攻防戦に時間がかかった理由として、信玄の病状悪化や、信玄が狙撃されたという噂などが伝えられています。

信玄の病状は悪化し、武田軍は4月には甲府へ撤退を始めました。信玄は撤退途中の4月12日、信濃国駒場で死去し、西上作戦は頓挫しました。

研究史

西上作戦の目的については、上洛を前提としたものなのか、遠江・三河の領土獲得を目的としたものなのか、様々な議論がなされています。

上洛説

上洛説では、信玄は信長を討伐し、天下を掌握することを目的としていたとされています。この説は、『甲陽軍鑑』などの史料に記述されている信玄の野望や、足利義昭が信玄に送った信長討伐の御内書などを根拠としています。

局地戦説

一方、局地戦説では、信玄の目的は、あくまで遠江・三河の支配権を確立することだったとされています。この説は、信玄が信長との決戦を避けていたことや、徳川氏との局地戦を繰り返していたことなどを根拠としています。

近年では、西上作戦を、武田氏と朝廷・幕府・権門との外交関係や、戦国期の室町将軍論、地域権力論などの視点から再検討する研究も行われています。

西上作戦は、武田信玄の死によって未完に終わりましたが、その後の日本の歴史に大きな影響を与えた重要な戦役の一つとして、今日まで研究が続けられています。

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