三瀬諸淵

三瀬諸淵（みせもろぶち）

幕末から明治時代にかけての激動期に、医師として、また近代日本の科学・医学教育の礎を築いた人物、それが三瀬諸淵です。天保10年（1839年）に伊予国大洲（現在の愛媛県大洲市）で生を受け、明治10年（1877年）に39歳の若さで生涯を終えました。初名は周三、幼名を弁次郎といい、後に諸淵と名乗るようになります。

幼少期と学問への志

幼い頃に両親を亡くした諸淵は、親戚のもとで育ちました。しかし、早くから学ぶことに強い意欲を持ち、故郷大洲にある八幡神社の神主、常磐井家の私塾「古学堂」で日本の古典や歴史、文学を学ぶ国学に励みました。この学びは、後のシーボルトとの交流において、日本の文化や歴史を紹介する際に役立つことになります。

西洋医学・蘭学との出会い

嘉永7年（1854年）、15歳となった諸淵は、遠縁にあたる医師、二宮敬作に師事することを決めます。二宮敬作はフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの弟子であり、当時の日本の西洋医学界において重要な人物でした。二宮のもとで、諸淵は後に大村益次郎として知られる村田蔵六からオランダ語を習得する機会を得ました。これを機に、西洋の学問である蘭学への関心を深めていきます。その後、二宮敬作に同行して長崎へ渡り、本格的に蘭学や医学の研鑽を積みました。

故郷大洲での先進的な試み：電信実験

安政5年（1858年）に一時故郷の大洲に戻った際、諸淵は長崎から持ち帰っていた発電機と電信機を使って、ある歴史的な実験を行います。かつての学び舎である古学堂の旧師、常磐井厳矛を訪ねた諸淵は、大洲藩の許可を得て、古学堂から肱川の河川敷まで電線を敷設したのです。古学堂の2階から川を挟んだ対岸にある矢六谷の水亭までの距離は約980メートルにも及びました。この長大な距離に銅線を張り巡らせて行われた電信実験は見事に成功しました。この偉業は、日本の電信技術の黎明期における重要な出来事として、後の文献（日本電信電話株式会社広報部『電話100年小史』など）にも記録されています。現在、八幡神社の参道には、NTTによって「日本における電信の黎明」を記念する碑が建てられ、諸淵の功績を伝えています。

シーボルトとの師弟関係と投獄

安政6年（1859年）、恩師二宮敬作の師であるシーボルトが再来日すると、諸淵はシーボルトに預けられることになります。シーボルトの長男であるアレクサンダー・フォン・シーボルトの家庭教師として国学を教えながら、自身はシーボルトから直接医学の指導を受けました。しかし、文久2年（1862年）、シーボルトのために日本の歴史書を翻訳していたことが問題視され、幕府によって投獄されてしまいます。後に妻となる高子の手記によれば、公的な通訳者を差し置いて翻訳を行ったことが、投獄の一因であったとされています。投獄先である石川島寄場では、後に実業家となる西村勝三や高島嘉右衛門といった人物と知り合いました。彼らと共に病舎の改善や薬の準備に努め、また病囚の仕事として雷管製造が許可されるなど、獄中においてもその行動力を発揮しました。諸淵は2年後の元治元年（1864年）に釈放されました。

明治維新後の活躍：医学教育への貢献

釈放後、大洲に戻った諸淵は大洲藩に仕官しましたが、その後、江戸幕府から大坂に召し出されます。そして明治維新を迎えると、そのまま新政府に仕え、日本の近代医学教育の創設に深く関わることになります。慶応2年（1866年）には、シーボルトの娘イネと医師石井宗謙の娘にあたる楠本高子と結婚しています。

明治元年（1868年）、明治新政府の命令を受け、諸淵は大阪にて大阪医学校兼病院（現在の大阪大学医学部の前身の一つ）の設立に奔走しました。設立後は教官（大学小助教）として教育にもあたりました。明治3年（1870年）頃から、正式に三瀬諸淵と名乗るようになります。

さらに明治4年（1871年）に文部省が設置されると、東京医学校（後の東京大学医学部）の設立にあたり招かれ、文部省の役人として医学教育の中枢に関わります。文部中助教、翌年には文部大助教を務め、国の医学教育体制の整備に尽力しました。

早すぎる死と没後の評価

明治6年（1873年）、諸淵は官職を辞し、大阪で自らの病院を開業します。しかし、医学教育の未来を担うべき彼の人生は長くは続きませんでした。明治10年（1877年）、胃腸カタルを患い、39歳の若さでこの世を去りました。

早世したものの、三瀬諸淵が日本の近代化、特に西洋医学の導入と医学教育体制の構築に果たした役割は大きなものでした。大正15年（1926年）には、その医学教育における功績が認められ、正五位が追贈されています。電信という技術から医学教育まで、幅広い分野で先駆的な活動を行った三瀬諸淵は、日本の近代化に貢献した知られざる偉人の一人と言えるでしょう。

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