下河辺淳

下河辺 淳

下河辺 淳（しもこうべ あつし、1923年9月30日 - 2016年8月13日）は、昭和から平成にかけて日本の国土計画と建設行政を主導した、傑出した都市計画家であり官僚です。

工学博士の学位を持ち、国土事務次官を務めた経験から、戦後の日本の国土利用や都市のあり方について、その基本方針の策定に中心的な役割を果たしました。その幅広い人脈と強い影響力から、関係者の間では敬意を込めて「御大」と称されました。

生涯とキャリア

下河辺淳氏は、1923年9月30日に東京府東京市（現在の東京都）で、下河辺収氏の長男として生を受けました。旧制水戸中学校、旧制水戸高校を経て、1947年に東京大学第一工学部建築学科を卒業。

大学在学中に第二次世界大戦の終戦を迎え、都市計画家である高山英華氏のもとで戦災からの復興計画に携わります。卒業後は、戦災復興院の技術研究所に勤務し、日本の再生に向けた都市計画の道を歩み始めました。

その後、建設省（現在の国土交通省）に入省。1952年には経済審議庁計画部で勤務した後、1957年に建設省に戻り計画局に配属されました。河川や港湾を含む、国土の広範囲にわたる総合的な開発計画の立案に深く関わります。

1961年には、「工業地の立地条件 - 計画単位及び必要施設に関する研究」により、日本都市計画学会の石川賞（論文調査部門）を受賞し、学術的な面でも高い評価を得ました。

1962年からは経済企画庁総合開発局の調整官として、戦後日本の国土開発の礎となる「全国総合開発計画」（通称「全総」、1962年閣議決定）の策定に中心的な役割を果たしました。この計画は「国土の均衡ある発展」を基本理念として掲げ、その後の日本の国土構造に大きな影響を与えました。

以後、21世紀の国土のグランドデザインを描いた「第五次全国総合開発計画」（五全総、2000年）に至るまで、およそ40年にわたり日本の国土開発行政の根幹に関与し続けました。

特に、1968年に当時の自由民主党都市政策調査会長であった田中角栄氏が発表した「都市政策大綱」の策定にも深く関与し、これが1972年に田中氏が提唱した「日本列島改造論」の基礎となったことはよく知られています。

経済企画庁総合開発局長（1972年）、国土庁計画調整局長（1974年）を歴任し、1977年には国土事務次官に就任しました。

退官後の活動

1979年に国土事務次官を退官した後も、国土庁顧問として、また総合研究開発機構（NIRA）の理事長として、日本の将来像を描く取り組みを続けました。

特に、都市の集中を是正し「多極分散型国土」を目指す「第四次全国総合開発計画」（四全総）の策定においても、退官後でありながら重要な役割を果たしました。

1992年からは株式会社東京海上研究所の理事長を務め、「ボランタリー経済」という、市場経済や行政とは異なる市民の自発的な活動が果たす役割に注目し、その研究を主導しました。また、社団法人日本プロサッカーリーグ（Jリーグ）の裁定委員会委員なども務め、多方面で活躍。

1995年の阪神・淡路大震災発生後には、復興委員会の委員長として、被災地の復興政策の立案と推進に尽力しました。その後も、東京海上研究所研究顧問（2001年）、下河辺研究室の設立・会長就任（2003年）、青い海会会長就任（2003年）、日本上流文化圏研究所理事長など、晩年に至るまで精力的に活動を続けました。

その長年の功績に対し、1996年には勲一等瑞宝章が授与されました。

家族

父は医師の下河辺収氏です。父方の伯父には実業家で日本鉱業（現 ENEOS）社長を務めた下河辺建二氏が、父方の従兄には下河辺牧場の創業者である下河辺孫一氏や、日製産業（現 日立ハイテク）社長を務めた下河辺三史氏がいます。妻のいとこの娘には、建築家集団である象設計集団のメンバー、富田玲子氏がいます。

著書・監修等

下河辺氏は自身の経験や研究成果を数々の著作や監修を通じて発表しています。主なものに、『戦後国土計画への証言』（日本経済評論社、1994年）、福原義春氏との対談集『静かな男の大きな仕事』（求龍堂、1999年）があります。

また、『ボランタリー経済学への招待』や『ボランタリー経済と企業』といった研究書を監修し、ボランタリー経済という新たな視点を社会に提起しました。

最期

2016年8月13日、療養先にて老衰のため逝去しました。92歳でした。

下河辺淳氏は、戦後日本の急速な発展期において、その国土構造や都市計画のあり方を根本から設計し、生涯にわたって日本の未来像を描き続けた、まさに「国土計画の御大」と呼ぶにふさわしい人物でした。

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