久保陽子
久保陽子（くぼ ようこ）は、1943年11月12日に生まれた、日本のヴァイオリニストであり、長年にわたり音楽教育者としても多くの優れた演奏家を育ててきた人物です。鹿児島県奄美大島の出身で、国際的な舞台で輝かしいキャリアを築き上げました。
彼女が音楽の道を歩み始めたのは、わずか3歳の時でした。奄美大島の名瀬市（現在の奄美市）で薬局を営んでいた父親から、初めてヴァイオリンの手ほどきを受けます。当時は第二次世界大戦が終わったばかりで、日本は依然として混乱と貧困の中にありました。そのため、本格的な楽器を手に入れることは難しく、久保氏のヴァイオリンは父親がブリキ板を加工して手作りしたものでした。本人も、その頃の経験を「まさに子供の遊びであった」と述懐しています。
5歳のある日、彼女の人生に大きな転機が訪れます。当時人気の高かった石井みどり舞踊団が、船で沖縄公演へ向かう途中、台風に見舞われ奄美大島に緊急避泊することになりました。この船には、石井みどりの夫であり、著名なヴァイオリニストであった折田泉氏も乗船していました。この知らせを聞いた両親は、幼い久保氏を連れて折田氏のもとを訪ね、娘の演奏を聴かせました。折田氏はその類まれな才能を高く評価し、「私が面倒を見るから東京まで出てきなさい」と強く勧めたといいます。
折田氏の言葉に両親は感動し、娘を東京へ送ることを決意しますが、当時の奄美大島はアメリカの統治下にあり、本土への子どもの移動、いわゆる「留学」は容易には認められませんでした。あらゆる手段を尽くしても困難が立ちはだかった両親は、苦渋の決断を下します。最終手段として、両親は一度離婚し、母親が久保氏を連れて鹿児島県にある自身の実家へ戻る、という形をとることで島を出る許可を得たのです。こうして、困難な道のりを経て、ようやく東京へたどり着きました。
折田氏との出会いから東京へ移り住むまでには、すでに3年の歳月が流れていましたが、折田氏は温かく彼女を迎え入れ、指導を始めました。久保氏は後にこの幼少期のエピソードを振り返り、「あの台風という偶然の出来事と、両親の並々ならぬ勇気ある行動がなかったら、今の『久保陽子』という存在は生まれなかったでしょう。本当に奇跡だったと思います」と語っています。
東京に移った久保氏は、学校法人桐朋学園で本格的な音楽教育を受け始めます。フランスから教授として招かれていたジャンヌ・イスナール氏、そして桐朋学園の創設者であり偉大な教育者でもあった斎藤秀雄氏に11歳から師事し、ヴァイオリニストとしての基礎と技術を磨きました。学生時代からその才能は際立っており、1960年には毎日新聞社とNHKが共催する第22回音楽コンクールで第2位に入賞しています。
1962年、桐朋女子高等学校音楽科を卒業すると同時に、世界的にも権威あるチャイコフスキー国際コンクールに挑戦しました。この難関コンクールにおいて、ソ連のニーナ・ベイリナ氏と並んでヴァイオリン部門で第3位に入賞するという、日本人ヴァイオリニストとして初の快挙を成し遂げます。この成功は日本国内で大きな注目を集め、久保氏の名前は広く知られることとなりました。人気テレビ番組『小川宏ショー』にも出演するなど、一躍時の人となります。
チャイコフスキーコンクールでの実績を足がかりに、更なる国際的な活躍を目指し、1963年からはフランス政府給費留学生としてパリへ留学しました。翌1964年には、ヴァイオリンの技巧の粋が問われる世界最難関のコンクールの一つ、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールに出場し、ここでも第2位に入賞。さらに翌年の1965年には、ロン＝ティボー国際コンクールでも第2位を受賞し、立て続けに世界の舞台で輝かしい成績を収めました。
1966年にマルセイユ音楽院ディプロマコースを修了した後、1967年からはスイスに渡り、20世紀の伝説的なヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティ氏に師事する機会を得ます。シゲティ氏もまた久保氏の高い実力を認め、彼女の芸術性を更に高める指導を行いました。同年には、アルベルト・クルチ国際ヴァイオリン・コンクールで第1位を獲得し、国際的なヴァイオリニストとしての地位を確固たるものとしました。1972年に日本へ帰国しました。
帰国後の久保氏は、世界各地で精力的なソロリサイタルやオーケストラとの共演を展開する一方で、室内楽の分野でも積極的に活動を続けました。また、音楽教育者としても情熱を注ぎ、東京音楽大学で長年にわたり教授を務め、吉田篤貴氏や渡邉麻衣氏をはじめとする数多くの優れたヴァイオリニストを育て上げました（2011年3月まで）。
ピアニストである弘中孝氏と結婚し、1974年には弘中氏とともに桐五重奏団を結成しました。同年に東京国際音楽コンクールで第2位に入賞し、斎藤秀雄賞も受賞しています。1995年6月にはジャパン・ストリング・クワルテットを結成し、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会をはじめ、数多くの弦楽四重奏作品でその円熟した技巧と深い音楽性を披露しました。
彼女の演奏は、特に高い集中力と豊かな情感で聴衆を惹きつけます。1979年に行われたバッハの無伴奏ソナタのリサイタルは、「強大な集中力と、そこから溢れ出る熱い気迫がありながらも、冷静さを失わず、バッハ演奏の難しさを厳しく見据えつつも、その世界を狭めることのない広がりを持っていた」と高く評価されました。
60歳を迎えた2003年には、自身の還暦を記念するCD制作をきっかけに、プライベートレーベル「KUBO YOKO」を設立しました。ライブ演奏とは異なるCD制作の経験を通じて、自身の演奏そのものの完成度がさらに高まったと語っています。2005年には夫の弘中孝氏、チェリストの堀了介氏とともに久保陽子トリオを結成し、新たな活動の柱としています。また、倉敷音楽祭や大垣音楽祭などのディレクターを務めるなど、音楽界の振興にも貢献しています。
公的な場での演奏機会も多く、2010年には橿原神宮御鎮座120年記念大祭において、秋篠宮ご夫妻の前で演奏を披露しました。さらに、2011年3月に発生した東日本大震災を受けて、被災地への鎮魂と復興への祈りを込めたチャリティ企画として、同年12月から翌年4月にかけて70回ものミニライブを敢行しました。本人はこの活動について「雄大で神聖な場所で演奏することに特別な意味があります。震災で被災された方々へ、復興を願う祈りの気持ちも込めて演奏しています」とその思いを語っています。また、水戸室内管弦楽団の団友も務めるなど、多方面で活躍しています。
主な受賞歴には、1962年のチャイコフスキー国際コンクール第3位、1964年のパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクール第2位、1965年のロン＝ティボー国際コンクール第2位、そして1967年のアルベルト・クルチ国際ヴァイオリン・コンクール第1位といった、世界の主要なコンクールでの輝かしい成績が含まれます。また、桐五重奏団としても1974年に斎藤秀雄賞を受賞しています。録音にも積極的で、バッハの無伴奏ソナタ・パルティータ全曲やパガニーニのカプリース全24曲など、多くのCD作品をリリースしています。
奄美大島の小さな島でブリキのヴァイオリンから音楽人生を始め、数々の困難と偶然を乗り越え、国際的な舞台で輝きを放ち、後進の育成にも尽力する久保陽子氏のキャリアは、日本の音楽史において特筆すべきものであり、多くの人々に感動と影響を与え続けています。
彼女が音楽の道を歩み始めたのは、わずか3歳の時でした。奄美大島の名瀬市（現在の奄美市）で薬局を営んでいた父親から、初めてヴァイオリンの手ほどきを受けます。当時は第二次世界大戦が終わったばかりで、日本は依然として混乱と貧困の中にありました。そのため、本格的な楽器を手に入れることは難しく、久保氏のヴァイオリンは父親がブリキ板を加工して手作りしたものでした。本人も、その頃の経験を「まさに子供の遊びであった」と述懐しています。
5歳のある日、彼女の人生に大きな転機が訪れます。当時人気の高かった石井みどり舞踊団が、船で沖縄公演へ向かう途中、台風に見舞われ奄美大島に緊急避泊することになりました。この船には、石井みどりの夫であり、著名なヴァイオリニストであった折田泉氏も乗船していました。この知らせを聞いた両親は、幼い久保氏を連れて折田氏のもとを訪ね、娘の演奏を聴かせました。折田氏はその類まれな才能を高く評価し、「私が面倒を見るから東京まで出てきなさい」と強く勧めたといいます。
折田氏の言葉に両親は感動し、娘を東京へ送ることを決意しますが、当時の奄美大島はアメリカの統治下にあり、本土への子どもの移動、いわゆる「留学」は容易には認められませんでした。あらゆる手段を尽くしても困難が立ちはだかった両親は、苦渋の決断を下します。最終手段として、両親は一度離婚し、母親が久保氏を連れて鹿児島県にある自身の実家へ戻る、という形をとることで島を出る許可を得たのです。こうして、困難な道のりを経て、ようやく東京へたどり着きました。
折田氏との出会いから東京へ移り住むまでには、すでに3年の歳月が流れていましたが、折田氏は温かく彼女を迎え入れ、指導を始めました。久保氏は後にこの幼少期のエピソードを振り返り、「あの台風という偶然の出来事と、両親の並々ならぬ勇気ある行動がなかったら、今の『久保陽子』という存在は生まれなかったでしょう。本当に奇跡だったと思います」と語っています。
東京に移った久保氏は、学校法人桐朋学園で本格的な音楽教育を受け始めます。フランスから教授として招かれていたジャンヌ・イスナール氏、そして桐朋学園の創設者であり偉大な教育者でもあった斎藤秀雄氏に11歳から師事し、ヴァイオリニストとしての基礎と技術を磨きました。学生時代からその才能は際立っており、1960年には毎日新聞社とNHKが共催する第22回音楽コンクールで第2位に入賞しています。
1962年、桐朋女子高等学校音楽科を卒業すると同時に、世界的にも権威あるチャイコフスキー国際コンクールに挑戦しました。この難関コンクールにおいて、ソ連のニーナ・ベイリナ氏と並んでヴァイオリン部門で第3位に入賞するという、日本人ヴァイオリニストとして初の快挙を成し遂げます。この成功は日本国内で大きな注目を集め、久保氏の名前は広く知られることとなりました。人気テレビ番組『小川宏ショー』にも出演するなど、一躍時の人となります。
チャイコフスキーコンクールでの実績を足がかりに、更なる国際的な活躍を目指し、1963年からはフランス政府給費留学生としてパリへ留学しました。翌1964年には、ヴァイオリンの技巧の粋が問われる世界最難関のコンクールの一つ、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールに出場し、ここでも第2位に入賞。さらに翌年の1965年には、ロン＝ティボー国際コンクールでも第2位を受賞し、立て続けに世界の舞台で輝かしい成績を収めました。
1966年にマルセイユ音楽院ディプロマコースを修了した後、1967年からはスイスに渡り、20世紀の伝説的なヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティ氏に師事する機会を得ます。シゲティ氏もまた久保氏の高い実力を認め、彼女の芸術性を更に高める指導を行いました。同年には、アルベルト・クルチ国際ヴァイオリン・コンクールで第1位を獲得し、国際的なヴァイオリニストとしての地位を確固たるものとしました。1972年に日本へ帰国しました。
帰国後の久保氏は、世界各地で精力的なソロリサイタルやオーケストラとの共演を展開する一方で、室内楽の分野でも積極的に活動を続けました。また、音楽教育者としても情熱を注ぎ、東京音楽大学で長年にわたり教授を務め、吉田篤貴氏や渡邉麻衣氏をはじめとする数多くの優れたヴァイオリニストを育て上げました（2011年3月まで）。
ピアニストである弘中孝氏と結婚し、1974年には弘中氏とともに桐五重奏団を結成しました。同年に東京国際音楽コンクールで第2位に入賞し、斎藤秀雄賞も受賞しています。1995年6月にはジャパン・ストリング・クワルテットを結成し、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会をはじめ、数多くの弦楽四重奏作品でその円熟した技巧と深い音楽性を披露しました。
彼女の演奏は、特に高い集中力と豊かな情感で聴衆を惹きつけます。1979年に行われたバッハの無伴奏ソナタのリサイタルは、「強大な集中力と、そこから溢れ出る熱い気迫がありながらも、冷静さを失わず、バッハ演奏の難しさを厳しく見据えつつも、その世界を狭めることのない広がりを持っていた」と高く評価されました。
60歳を迎えた2003年には、自身の還暦を記念するCD制作をきっかけに、プライベートレーベル「KUBO YOKO」を設立しました。ライブ演奏とは異なるCD制作の経験を通じて、自身の演奏そのものの完成度がさらに高まったと語っています。2005年には夫の弘中孝氏、チェリストの堀了介氏とともに久保陽子トリオを結成し、新たな活動の柱としています。また、倉敷音楽祭や大垣音楽祭などのディレクターを務めるなど、音楽界の振興にも貢献しています。
公的な場での演奏機会も多く、2010年には橿原神宮御鎮座120年記念大祭において、秋篠宮ご夫妻の前で演奏を披露しました。さらに、2011年3月に発生した東日本大震災を受けて、被災地への鎮魂と復興への祈りを込めたチャリティ企画として、同年12月から翌年4月にかけて70回ものミニライブを敢行しました。本人はこの活動について「雄大で神聖な場所で演奏することに特別な意味があります。震災で被災された方々へ、復興を願う祈りの気持ちも込めて演奏しています」とその思いを語っています。また、水戸室内管弦楽団の団友も務めるなど、多方面で活躍しています。
主な受賞歴には、1962年のチャイコフスキー国際コンクール第3位、1964年のパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクール第2位、1965年のロン＝ティボー国際コンクール第2位、そして1967年のアルベルト・クルチ国際ヴァイオリン・コンクール第1位といった、世界の主要なコンクールでの輝かしい成績が含まれます。また、桐五重奏団としても1974年に斎藤秀雄賞を受賞しています。録音にも積極的で、バッハの無伴奏ソナタ・パルティータ全曲やパガニーニのカプリース全24曲など、多くのCD作品をリリースしています。
奄美大島の小さな島でブリキのヴァイオリンから音楽人生を始め、数々の困難と偶然を乗り越え、国際的な舞台で輝きを放ち、後進の育成にも尽力する久保陽子氏のキャリアは、日本の音楽史において特筆すべきものであり、多くの人々に感動と影響を与え続けています。
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