乙毘咄陸可汗

乙毘咄陸可汗（Irbis türük qaγan）

乙毘咄陸可汗（イルビ・テュルク・カガン）は、7世紀の西突厥における対立可汗です。彼の生涯は、西突厥の内紛と唐との関係に翻弄された激動の時代でした。

生涯

対立と分裂

乙毘咄陸可汗が登場する以前、沙鉢羅咥利失可汗（イシュバラ・テリシュ・カガン）が西突厥を統治していました。しかし、沙鉢羅咥利失可汗は部衆の支持を失い、離反が相次ぎます。配下の統吐屯（トン・トゥドゥン）に襲われ、領地を失った沙鉢羅咥利失可汗は、弟の歩利設（ボリ・シャド）を頼り、焉耆国に立てこもりました。

この混乱に乗じて、阿悉結（アスケール）部の闕俟斤（キュル・イルキン）らは、統吐屯らと結託して欲谷設（ユクク・シャド）を新たな大可汗として擁立しようとしました。沙鉢羅咥利失可汗を「小可汗」として傀儡化しようとしたのです。しかし、この動きは内部崩壊を招き、統吐屯が殺害され、欲谷設も配下の俟斤（イルキン）に破られました。沙鉢羅咥利失可汗は旧領を回復し、弩失畢部や処密部などが再び彼の支配下に入りました。

乙毘咄陸可汗の擁立と内戦

貞観12年（638年）、西部の国境地帯は欲谷設を推戴し、乙毘咄陸可汗（イルビ・テュルク・カガン）としました。これにより、西突厥は沙鉢羅咥利失可汗と乙毘咄陸可汗の二つの勢力に分裂し、大規模な内戦が勃発します。両軍は激突し、多くの死者を出し、互いに撤退を余儀なくされました。この結果、伊麗河（イリ川）を境界線として、以西は乙毘咄陸可汗、以東は沙鉢羅咥利失可汗の勢力圏となりました。乙毘咄陸可汗は、首都を鏃曷山の西に建設し、北庭と名付けました。厥越失、抜悉蜜（バシュミル）、駁馬、結骨（キルギズ）、火尋、触木昆（処木昆）などの諸国が乙毘咄陸可汗に臣従しました。

唐との関係

乙毘咄陸可汗の勢力が増すにつれて、唐との関係も変化しました。貞観15年（641年）、唐の太宗は、乙毘沙鉢羅葉護可汗（イルビ・イシュバラ・ヤブグ・カガン）に鼓纛を授け、その存在を認めました。しかし、この頃の西突厥では、乙毘沙鉢羅葉護可汗と乙毘咄陸可汗が互いに攻撃を繰り返しており、太宗は乙毘咄陸可汗に使節を送って和睦を説得しました。

乙毘咄陸可汗は次第に勢力を拡大し、西域諸国は再びその支配下に入りました。彼は石国に吐屯を派遣し、乙毘沙鉢羅葉護可汗を攻撃させ、捕らえて処刑しました。乙毘咄陸可汗は乙毘沙鉢羅葉護可汗の領土を併合しましたが、弩失畢部はこれに反発し、反乱を起こしました。

晩年と西突厥の混乱

乙毘咄陸可汗は再び兵を率いて吐火羅国を破り、その勢威を西域に示しました。しかし、その強権的な支配は人々の不満を高めました。伊州を略奪した際には、安西都護の郭孝恪に撃退されています。康居や米国を破って得た戦利品を部下に分け与えなかったため、武将の泥孰啜が反乱を起こし、これを処刑したことが、さらなる反乱を招き、西突厥は大混乱に陥りました。

乙毘咄陸可汗配下の屋利啜らは、乙毘咄陸可汗の廃位を企て、唐に使節を送り、新たな可汗の擁立を要請しました。太宗はこれに応じ、莫賀咄乙毘可汗の子を乙毘射匱可汗として擁立しました。乙毘射匱可汗は、弩失畢の兵を率いて乙毘咄陸可汗を攻撃しましたが、敗北しました。しかし、乙毘咄陸可汗は人々の支持を失ったことを悟り、西の吐火羅国へ亡命しました。

死後

永徽2年（651年）、唐に亡命していた阿史那賀魯は、乙毘咄陸可汗の地に拠り、西域諸郡を支配し、自ら沙鉢羅可汗（イシュバラ・カガン）と号しました。阿史那賀魯は兵力10万を擁し、西域諸国の多くがこれに従いました。阿史那賀魯は阿史那咥運を莫賀咄葉護（バガテュル・ヤブグ）に任じ、たびたび西蕃諸部を侵略しました。

永徽4年（653年）、乙毘咄陸可汗が死去すると、その子の真珠葉護（インチュ・ヤブグ）は、五弩失畢と阿史那賀魯を討伐することを唐に要請し、その牙帳を破り、多くの兵を斬首しました。

子

真珠葉護（インチュ・ヤブグ）

脚注

参考資料

『旧唐書』（列伝第百四十四下 突厥下）
『新唐書』（列伝百四十下 西突厥）
佐口透・山田信夫・護雅夫訳注『騎馬民族誌２正史北狄伝』（1972年、平凡社）
* 内藤みどり『西突厥史の研究』（1988年、早稲田大学出版部、ISBN 4657882155)

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