交響曲第6番 (マーラー)

交響曲第6番イ短調：マーラーの悲劇性と創造力の頂点

グスタフ・マーラーの交響曲第6番イ短調は、1904年に完成した6番目の交響曲であり、同時期に作曲された歌曲『亡き子をしのぶ歌』とは異なり、明確な関連性は認められません。第2番から第4番までは声楽を含む交響曲でしたが、第5番、6番、7番は純器楽作品へと転換しています。

この交響曲は、大編成のオーケストラを駆使しながらも、古典的な4楽章構成を踏襲しています。しかしながら、各楽章の規模は非常に大きく、マーラーの旺盛な創作力を如実に示しています。緊密な構成の中に劇的な要素が随所に盛り込まれ、純器楽作品でありながら、強い悲劇性を帯びている点が特徴です。

イ短調で始まりイ短調で終わる、マーラーの交響曲中唯一の短調作品であること、提示部の繰り返しや調性の統一感などから、「古典回帰」の傾向が見られます。しかし、第4番、第5番から始まった多声的な書法はさらに進化し、音楽は重層的で多義的な展開を見せています。ベートーヴェン以来の伝統的な「暗→明」の図式は「明→暗」へと逆転し、「イ長調→イ短調」の和音移行が全曲を統一する重要なモチーフとなっています。

オーケストレーションにおいては、管楽器と打楽器の増強が目立ちます。特に、カウベルは安息や現実逃避を表す象徴として、低音の鐘は終楽章で、ハンマーは転回点における「運命の打撃」として用いられます。このハンマーの打撃回数は、作曲過程で変更されており、演奏においても論争の的となっています。

副題として「悲劇的（Tragische）」と呼ばれることがありますが、マーラー自身によるものかどうかは不明です。演奏時間は約80分です。

作曲の経緯

1903年、マーラーはワーグナー没後20周年記念の『トリスタンとイゾルデ』で、ウィーン分離派の画家アルフレート・ロラーとの画期的な演出で成功を収めます。同年、アルノルト・シェーンベルクと交友を深め、「創造的音楽家協会」の名誉会長にも就任。同年6月には次女アンナが誕生。10月にはベートーヴェンの『フィデリオ』を新演出で上演し、物議を醸しました。

1903年の夏、マーラーはマイアーニックの作曲小屋で第6交響曲の作曲に着手し、1904年の夏には『亡き子をしのぶ歌』を完成させ、9月9日に第6交響曲の第4楽章を完成。この年の秋、マーラーはシュペヒト宛ての手紙に、「僕の第6は、聴く者に謎を突きつけるだろう」と書いています。オーケストレーションは1905年5月1日に終了しました。

この間、マーラーは各地で自作の交響曲を指揮し、オランダでも演奏会を開催。成功を収めています。

初演と出版

1906年5月27日、エッセンでマーラー自身による指揮で初演されました。当初は中間楽章の配置に迷いがあり、初演ではアンダンテ―スケルツォの順で演奏されました。打楽器を多用したこの初演は、聴衆を当惑させたと伝えられています。

楽譜は1906年にカーント社から出版されましたが、楽章の順序やハンマー打撃の回数などの違いから、複数版が存在します。1963年には国際グスタフ・マーラー協会による全集版が、1998年には新校訂版が出版されています。

楽器編成

ピッコロ、フルート、オーボエ、クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、コントラファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ、ティンパニ、グロッケンシュピール、カウベル、ハンマー、低音の鐘、ルーテ、シロフォン、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、タムタム、スレイベル、ウッドクラッパー、ハープ、チェレスタ、弦五部。

楽曲構成

全4楽章から成り、各楽章は以下のような特徴を持っています。

第1楽章 (アレグロ・エネルジコ・マ・ノン・トロッポ): 行進曲風の主題とロマンティックな主題が対比され、カウベルの音色も印象的です。ソナタ形式に基づいていますが、提示部が非常に長く、繰り返しが多いことが特徴です。
第2楽章 (スケルツォ): 重々しいスケルツォで、トリオが挟まれています。第1楽章と共通するモチーフが現れ、パロディ的な要素を含んでいます。
第3楽章 (アンダンテ・モデラート): 穏やかな雰囲気の中にも不安定さが感じられる楽章で、『亡き子をしのぶ歌』との関連性が指摘されています。複合三部形式で構成されています。
第4楽章 (終曲): 序奏から始まり、壮大なソナタ形式で展開されます。ハンマー打撃が象徴的な役割を果たし、悲劇的な展開を経て、イ短調の強烈な和音で終結します。

演奏上の問題点

演奏上では、中間楽章の配置（スケルツォとアンダンテの順番）と、第4楽章におけるハンマー打撃の回数（2回か3回か）が大きな問題点となっています。これらについては、マーラー自身の意図や、アルマ・マーラーの回想録との関連性なども議論されています。

第6交響曲の標題性とアルマの回想

この交響曲は、「意志を持った人間が運命と闘い、最終的に敗れる悲劇」を描いた作品と解釈されることがあります。マーラーが作曲した時期は私生活も充実していた時期でしたが、この作品には悲劇的な要素が強く含まれています。マーラーの妻、アルマ・マーラーの回想録では、この交響曲に個人的な意味が込められているとされており、各楽章に具体的な意味づけがなされています。しかし、アルマの回想録は信憑性について議論があり、歴史的事実とは異なる解釈が含まれている可能性もあります。

結論

マーラーの交響曲第6番は、その規模、劇的な展開、精緻なオーケストレーション、そして複雑な解釈の余地から、今もなお世界中の聴衆を魅了し続ける作品です。演奏上の問題点や、アルマ・マーラーの回想録を含めて、この交響曲を理解することは、マーラーという作曲家の人物像や、その時代の音楽的・社会的な背景を理解することにも繋がります。

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