交響曲第9番 (ブルックナー)

ブルックナー 交響曲第9番 ニ短調

アントン・ブルックナーが作曲に取り組んだ最後の交響曲であり、彼の死によって未完となった作品です。1896年にブルックナーが他界した際、完成していたのは第3楽章まででした。そのため、一般的には第3楽章までで演奏されることが多いですが、第4楽章の草稿を基に補筆完成させる試みも行われており、全4楽章版の演奏も増えつつあります。

作曲の経緯

1887年、交響曲第8番完成後、ブルックナーは本作の作曲を開始しました。ベートーヴェンの交響曲第9番と同じニ短調を選択したことへの周囲の反応を気にしつつも、彼は「愛する神に」と譜面に書き込み、作曲への強い決意を示しました。

しかし、旧作の改訂に時間を費やしたため、作曲は一時中断。1892年に交響曲第8番が初演された後、再び作曲に専念しますが、病状が悪化。1894年に第3楽章を完成させたものの、その際、未完の場合は自作の「テ・デウム」を演奏するように示唆しました。病状悪化により住居をベルヴェデーレ宮殿に移した後も、ブルックナーは第4楽章の作曲を続けましたが、1896年10月11日に亡くなり、全曲を完成させることはできませんでした。第4楽章の自筆譜は、ソナタ形式の再現部の第3主題部で途絶えています。

初演は1903年、フェルディナント・レーヴェの指揮によって行われましたが、この際に演奏されたのは、レーヴェによる改訂版でした。

楽器編成

フルート：3
オーボエ：3
クラリネット：3
ファゴット：3
ホルン：8（第5〜8ホルンはワーグナーチューバと持ち替え）
トランペット：3
トロンボーン：3
バス・チューバ：1
ティンパニ：1
弦楽五部

この編成は、基本的に交響曲第7番の編成を踏襲しています。

演奏時間

演奏時間にはばらつきがありますが、おおよその目安は以下の通りです。

第1楽章：23〜26分程度
第2楽章：9〜11分程度
第3楽章：25〜28分程度

第1〜3楽章を合わせた演奏時間は約64分程度です。第4楽章を含む全曲版は、版によって90分前後になることもあります。

楽曲解説

本来は4楽章構成の予定でしたが、第4楽章は未完に終わっています。そのため、演奏会や録音では第3楽章までが演奏されることがほとんどです。第4楽章が演奏される際には、補筆完成者の名前が注釈として記されます。

スケルツォを第2楽章に配置する点や、調性をニ短調とする点は、ベートーヴェンの交響曲第9番と共通しています。

第1楽章

Feierlich, misterioso（荘重に、神秘的に）
ニ短調、2分の2拍子

自由なソナタ形式で、展開部と再現部が融合しています。ロバート・シンプソンは、この楽章の形式を「陳述、反対陳述、そして帰結」と表現しています。

第1主題は瞑想的な音楽で、8つの動機から構成され、第7動機で頂点を迎えます。第2主題はイ長調で、ポリフォニーが展開されます。第3主題はニ短調で、オーボエに現れた動機を弦が応えます。

展開部では第1主題の動機が拡大展開され、新ウィーン楽派を想起させる行進曲も登場します。再現部では第2、第3主題が変形され、ワーグナー風の葬送コラールが現れます。コーダでは、交響曲第7番からのパッセージが引用され、不協和音によって終結します。

第2楽章

Scherzo. Bewegt, lebhaft - Trio. Schnell（スケルツォ。軽く、快活に - トリオ。急速に）
ニ短調、4分の3拍子

複合三部形式のスケルツォで、開始和音はトリスタン和音を移調したものです。民族的な要素は少なく、表現主義的なオーケストレーションが特徴です。

トリオは嬰ヘ長調で、異例の速さで演奏されます。ロバート・シンプソンは、このトリオに「おぞましさ」を見出し、ブルックナーが偽善的な個々人の振る舞いを描いていると解釈しました。なお、現行のトリオとは異なる2つのトリオ草稿が残されています。

第3楽章

Adagio. Langsam, feierlich（アダージョ。遅く、荘重に）
ホ長調、4分の4拍子

抒情的な静けさと畏怖の念を持つ音楽で、自由な形式です。第1ヴァイオリンが9度上昇する旋律は、交響曲第7番にも用いられた上昇音階が変容したものです。ワーグナーチューバによるコラール風の主題は、「生との訣別」とブルックナー自身が表現しています。

第2主題は変イ長調で、木管に受け継がれながら変ト長調へ発展します。展開部では第1、第2主題が自由に展開され、不協和音のクライマックスを迎えます。コーダでは、過去の作品の主題が回想され、静かに楽章を終えます。

第4楽章（未完成）

(補筆完成版によって表記が異なる)
ニ短調、2分の2拍子

複雑なソナタ形式で、スケッチによると、複雑な和音による序奏、激しい第1主題、穏やかな第2主題、第1楽章のコラールを明るくした第3主題が続きます。展開部は「テ・デウム」の基本音型から始まり、再現部は二重フーガで高揚していきます。しかし、自筆譜は第3主題部で途絶えており、コーダの前には第1楽章第1主題の再現があります。

版問題

ブルックナー自身が改訂を行うことなく未完となったため、作曲者による異稿は存在しません。完成した楽章については資料の混乱も少なく、原典版の相違も少ないです。しかし、初版（レーヴェ版）は原典版との相違が極端です。

レーヴェ版 (1903年)

フェルディナント・レーヴェが作成した版で、独断で変更が加えられています。ブルックナーの管弦楽法や和声法を19世紀末の常識的なものに変更しており、今日ではほとんど演奏されません。

オーレル校訂版 (1932年)

アルフレート・オーレルによる校訂版で、ブルックナーが書いた部分を再現しようとした最初の校訂版です。終楽章のスケッチは別冊にまとめられています。

ノヴァーク校訂版 (1951年)

レオポルト・ノヴァークによる校訂版で、オーレル校訂版と実質的な差違はありません。

コールス校訂版 (2000年)

ベンヤミン＝グンナー・コールスによる新校訂版で、ウィーンで新たに発見された筆写譜を参照し、ノヴァーク版に比べて修正が加えられています。

フィナーレ、およびその完成版について

ブルックナーは、未完の場合には自作の「テ・デウム」を演奏するように示唆したとされています。しかし、「交響曲第9番の終楽章＝テ・デウム」とするには、形式や調性など多くの点で無理があるため、多くの研究者が否定的な見解を示しています。

残された草稿について

ブルックナーの死後、フィナーレの草稿の一部が散逸しましたが、一部はアメリカで発見され、現在も自筆譜の断片が捜索されています。

後生の研究者・演奏者の、終楽章に対する見解

終楽章に関しては、ブルックナーが死期を悟り、熟考しないまま作曲を始めたという見方や、終楽章を完成させる自信がなく、逃避のために旧作の改訂に時間を費やしたという見方もあります。

「終楽章＝テ・デウム」発言に対する、後生の研究者・演奏者の見解

「終楽章が未完であれば代わりに『テ・デウム』を」という発言は、あくまで1894年時点のものであり、ブルックナーが最期までその考えを持っていたかは不明です。

フィナーレ演奏について

完成された3楽章のみによる演奏: 一般的によく行われる演奏形式です。
テ・デウムを含めた演奏: ブルックナーの示唆に基づき、「テ・デウム」を演奏する例もありますが、終楽章としてではなく、同じ演奏会で演奏されるという形が一般的です。
終楽章を含む演奏、あるいは終楽章の演奏: 20世紀末から、終楽章を補作完成した形で演奏する例も増えています。また、ブルックナーの遺した断片のみを演奏する例もあります。

終楽章の補作完成について

ブルックナーの草稿を基に、終楽章を補作完成させようとする試みは多数あります。各校訂者によって解釈が異なり、再現部の後半からコーダにかけて大きな違いが見られます。

キャラガン完成版 (1983年)

ウィリアム・キャラガンによって補作された版で、オーレル校訂の不正確な資料を基にしているため、ブルックナー的でないとも評されます。

サマーレ＝マッツーカ完成版 (1986年)

ニコラ・サマーレとジュゼッペ・マッツーカによって補作された版で、資料不足のため先行3楽章とは異なる書法になっています。

ノース S. ヨゼフソン版 (1992年)

シュトゥットガルトのカールス出版社から出ている版です。

SMPC完成版 (1992年/1996年)

サマーレ、マッツーカ、フィリップス、コールスの4人が協力して完成させた版です。再現部でフーガとなる第1主題、ホルンによる新動機、第2主題を経て、過去の作品の動機を引用し、コーダではテ・デウムの動機とコラールが対位法的に同時進行します。

コールス完成版 (2004年改訂版/2008年改訂版/2011年改訂版)

コールスが調査によって復元したフーガ部を加え、サマーレと協力して作成した版です。SMPC版との大きな違いは、コーダのクライマックス後の休止がなくなり、切れ目なく「賛歌」へ続く点です。

キャラガン完成版 (2006年改訂版/2010年改訂版)

キャラガンが新たに発見された資料を基に改訂した版です。

シャラー完成版 (2016年/2018年改訂版)

ゲルト・シャラーが自身で補作完成させた版で、ブルックナーの遺した注釈や、作曲技法に基づいて可能な限り残されたギャップを埋めようとしています。フーガ部分を重視し、過去の作品からのテーマやモチーフを利用しています。

その他の補筆版

エルンスト・メルツェンドルファー、Goverdus Henricus Hein 's-Gravesande、Marshall Fine、Sébastien Letocartなどによる補筆版や、ゴットフリート・フォン・アイネム、Peter Jan Martheによる自由な作曲も存在します。

脚注

関連項目

ローベルト・ハース
レオポルト・ノヴァーク
第九の呪い

外部リンク

曲の概要（譜例付き）
交響曲第9番ニ短調の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
ブルックナーの交響曲第9番の総譜 (HTML) - IUDLP: The Indiana University Digital Library Program
Symphony No.9 in D minor, WAB.109 - 『Musopen』より
Symphony No.9 in D minor WAB.109 - 『Free-scores.com』より
『ABRUCKNER.COM』より
Discography「Symphony No.9」
Orchestral Scores「Symphony No.9（Eulenburg Edition）」 - 「Downloads」コーナーより
IX. Symphonie d-Moll - 『Bruckner Online』より
Bruckner, Anton／SYMPHONY NO.9, D MINOR - Score and Parts - ニューヨーク・フィルハーモニック公式『Digital Archives』より
Anton Bruckner's Symphony No.9 in D minor WAB.109 - The unfinished finale（英語） - 『OpusKlassiek』より

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