京七宝

京七宝（きょうしっぽう）

京七宝とは、京都の社寺に残る七宝細工や、京都で作られた七宝細工の総称です。この記事では、古来の遺例の総称としての京七宝について解説します。

歴史

京都で七宝が作られた痕跡は、桃山時代から江戸時代初期にかけて多く見られるようになります。

例えば、伊予松山から堀川油小路に移り住んだ金工師・嘉長は、小堀遠州に才能を見出され、桂離宮や曼殊院門跡などの引手や釘隠しを手がけました。小堀遠州は、大徳寺龍光院の密庵席や孤篷庵の忘筌席などに見られる、草庵と書院を融合させた茶室の様式を取り入れました。書院造りの持つ厳格さを、低い天井や七宝の釘隠しなどを用いることで和らげ、戸袋の引手などにも七宝を取り入れ、棚まわりを装飾しました。この頃の七宝装飾としては、桂離宮の新御殿の桂棚の引手や、狩野探幽が水墨画を描いた松琴亭の二の間戸袋を飾る有線七宝の巻貝形七宝引手がよく知られています。

また、秀吉・家康お抱えの七宝師であった平田彦四朗道仁は、独特の透明感のある釉薬を用いて、武家や公家屋敷の釘隠しや刀の鐔など、身の回りの品の装飾を手がけました。道仁の一派は、京都から駿府、そして江戸へと活躍の場を移し、大正時代まで11代続きました。道仁に関する記録は多く残っている一方、嘉長に関する記録は限られており、その生涯は明らかではありません。しかし、修学院離宮や西本願寺などに今も残る飾金具を見れば、この頃の御殿や神社仏閣の造営のため、嘉長や道仁のような金工が京都の内外から集められたことは間違いないでしょう。

京都で七宝器が使われた記録は、さらに室町時代以前まで遡ります。勘合貿易にて明から輸入した七宝器は、「七寶瑠璃」と記されました。幕府の唐物目利きであった能阿弥や相阿弥は、七宝器を座敷飾りに推奨し、東山殿御会所（銀閣寺の前身）の座敷飾りなどで七宝が使われました。しかし、特に戦国時代、侘びを重んじた利休の茶の湯の隆盛の下では、華麗な色彩が身上の七宝器は茶人に受け入れられませんでした。

豊かな色彩や装飾性が一般に広く受け入れられるようになったのは、琳派の時代を迎えてからのことでした。日本に伝世した元・明代の七宝器は数が少ないものの、細川幽斎所用と伝える七宝縄手香炉や、久能山東照宮にある徳川家康の遺愛品と伝える七宝燭台などが現存しています。

江戸中期に入ると基準作となるような七宝遺例は極めて少なくなりますが、角屋の「緞子の間」「青貝の間」などの七宝装飾が今日も見られます。例えば、青貝の間には真鍮植線により、白、緑、青、黄、黒の釉薬を施した銅製花文入籠目形の七宝引手が、岸駒の描いた襖に取り付けられています。この頃には、象嵌七宝に加えて、江戸初期にはまだ少なかった有線七宝も次第に多くなり、多彩な七宝が作られるようになりました。しかし、この頃の七宝器は、銘のない水滴、香炉、引手、釘隠など、建物から容易に取り外し持ち出すことができるものが多く、製作年を確認できる遺例はほとんど残っていません。

この頃、京都で七宝は『ビードロ座』『七寶流し』『七寶瑠璃』などと呼ばれていました。あるいは、平田彦四朗道仁の一門の作は『平田七宝』、五条坂の金工、高槻某の手がけた七宝は高槻七宝と呼ばれるなど、七宝師一門の名でも呼ばれました。

明治に入ると、東京奠都や武士の時代の終焉により、武家屋敷などの装飾を手がけてきた古来の七宝家は大きな打撃を受けました。一方で、国は外貨獲得の手段として工芸品の製造を奨励し、七宝は輸出産業として尾張をはじめ日本各地の生産地で急速に発展します。京都においては、官庁による指導の元、新興の事業者のみならず伝統ある陶工や金工も独自の技法を考案し生産を手掛けました。

1870年（明治3年）に開所した京都舎密局では、石鹸、氷砂糖、ガラス、漂泊粉など、さまざまな工業製品の製造指導や薬物検定が行われました。京都府がまとめた京都七宝産額累年比較表によれば、明治5年より、金工の品とは別途、この新たな輸出産業の産額が計上されており、明治7年からは陶器七宝の製造も記録されています。舎密局自体は京都府の管轄でしたが、1875年（明治8年）には文部省管轄の「京都司薬場」が併設され、オランダ人教師ヘールツによる理化学の講義が翌年8月の廃止まで行われました。そして、後任の外国人教師として招いたドイツ人科学者ゴットフリード・ワグネルが透明釉薬を開発し、それまでとは一線を画す鮮やかな色彩が実現されました。

新たな透明釉薬の技術を用いた並河靖之の活躍により、国際的にも評価される傑作が生み出されました。並河は、有線七宝による金属の線を意匠の一環とすることで七宝独自の趣を引き出し、独自に開発した黒色透明釉薬（通称「ナミカワの黒」）で背景を漆黒に染めることにより、草木や蝶などの画の鮮やかな色彩を際立たせました。あるいは、釉薬に茶金石を混ぜることで独特の趣を実現しました。

様式

京都で生産された七宝は伝統性を特徴とし、花鳥や風景など伝統的な図柄を落ち着いた色彩で用い、鎚金などの技術の精巧さに優れていると評されています。江戸初期の京七宝は、離宮や寺院などの建造物の中で引手や釘隠といった装飾に用いられました。小堀遠州が手がけたとされる建築でも、よく七宝が使われており、茶道の美学に基づく空間設計の一環をなしました。この頃の代表的な七宝遺例に、桂離宮の桂棚引手があります。

明治初期の京七宝には、全面に有線が施されたものが見られます。特に渦巻状の文様や、唐草模様、菱形文様、アラベスク文様、円模様などがよく用いられており、初期の並河や芝田宗三郎の作にも見られます。これは、釉薬が剥がれ落ちるのを防ぐために、全面に有線を施した中国製七宝の影響を強く受けたものと考えられています。

明治中期から末期には、並河靖之の技量が突出し、京七宝のみならず日本の七宝を代表するものとなりました。

泥七宝

今日、「泥七宝」という言葉は、ワグネル由来の透明釉薬が普及する以前からあった不透明な釉薬や、そのような釉薬を用いて作られた七宝器のことを意味しています。しかし、元来京都では「七宝を入れた鋳造器」のことを泥七宝と呼んでおり、これは吉田安兵衛のような金工により制作されてきました。京都では並河に代表される磁器の趣を目指した品と、鋳造器のような陶器の趣を目指した品の両方が平行して製造され、鋳造器の品は泥七宝と呼ばれました。

隣接分野

京都では七宝の隣接分野である鋳金、鎚金、彫金、象嵌、陶器などが盛んであり、これら隣接領域と職人や技術の交換が行われることにより、京七宝の基盤が築かれました。

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