岸駒

岸駒：江戸時代を代表する絵師とその波乱に満ちた生涯

岸駒（がんく、1756年頃～1839年）は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した、著名な絵師です。越中国高岡または加賀国金沢の出身という説がありますが、近年は金沢説が有力視されています。幼少期は貧しく、手習いすら満足に受けられなかったと言われています。しかし、幼い頃から絵画への才能を示し、独学で腕を磨いていきました。

生涯の軌跡：謎多き出自から京都画壇の巨匠へ

岸駒の生年は諸説あり、本人も生前に年を偽っていたとされています。若い頃は、紺屋での丁稚奉公など様々な経験を経て、絵師としての道を歩み始めました。師については諸説ありますが、南蘋派の影響を強く受けていたと見られています。安永7年（1778年）、絵師として名を成すべく上京を試みますが、父の死をきっかけに一旦帰郷。その後、母を連れて再び上洛し、結婚、そして「岸矩」から「岸駒」へと改名しました。

京都で岸駒は、中国絵画や円山応挙らの画風を研究し、独自の画風を確立していきます。天明2年（1782年）には『平安人物誌』に名が掲載され、一流絵師の仲間入りを果たします。有栖川宮家の庇護を受け、宮廷の障壁画制作などにも携わり、やがて従五位下まで昇進しました。晩年には、故郷金沢に戻り、金沢城二の丸御殿の障壁画を制作するなど、華々しいキャリアを築きました。

画業と評価：写実性と迫力、そして賛否両論

岸駒の作品は、精緻な描写と写実性、そして力強い表現で知られています。特に虎の絵画は、圧倒的な迫力とリアリティで高い評価を得ました。その秘密は、中国商人から入手した虎の頭蓋骨や皮を丹念に観察、写生し、解剖学的な知識も取り入れていたことにあります。当時の解剖学の発展を反映した、画期的な作品と言えるでしょう。

しかし、岸駒は生前から画料の高騰などをめぐって批判も受けていました。一方で、私財を投じて荒廃した寺院を修復するなど、慈善的な面もあったと言われています。

岸派の祖：弟子たちと受け継がれる画風

岸駒は多くの弟子を育成し、岸派を形成しました。その画風は、京都の社寺や町家の至る所に作品として現存し、現在もその影響が見て取れます。しかし、一般的には岸派そのものの認知度は高くありません。

岸駒の遺産：後世への影響と謎

岸駒の生涯は謎に満ちており、その出自や生年、師匠、さらには画風形成過程においても、未解明な点が多く残されています。それでも、その作品からは、時代の変遷や文化交流、そして個人の努力と才能が感じられます。岸駒が残した絵画は、今もなお人々を魅了し続け、江戸時代の美術史に大きな足跡を残しています。彼の作品と生涯を通じて、江戸時代の絵画界、そして当時の社会情勢の一端に触れることができるでしょう。

参考文献

『週刊朝日百科 世界の美術129　江戸時代後期の絵画2 円山・四条派と若冲・蕭白』 朝日新聞社、1981年
源豊宗監修、佐々木丞平編 『京都画壇の十九世紀 第2巻 文化・文政期』 思文閣出版、1994年
岩佐伸一 「岸駒筆浄福寺方丈襖絵と寛政期の岸駒について」（笠井昌昭編 『文化史学の挑戦』 思文閣出版、2005年）
内山淳一 『動物奇想天外 江戸の動物百態』 青幻舎、2008年
狩野博幸 『江戸絵画の不都合な真実』 筑摩書房、2010年
栗東歴史民俗博物館編集・発行 『岸派とその系譜 岸駒から岸竹堂へ』 1996年
敦賀市立博物館編集・発行 『特別展 京都画壇 岸派の展開』 2005年
富山市佐藤記念美術館編集・発行 『岸矩から岸駒へ ―岸駒初期の画業をたどる―』 2010年

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