仁科濫觴記

仁科濫觴記について

『仁科濫觴記（にしならんしょうき）』は、古代の仁科氏の歴史を記した書物です。崇神天皇の時代から弘仁年間までの約1000年間を扱い、信濃国（現在の長野県）安曇平の歴史や地名の由来、そして中央政権の動向にも触れています。著者は不明で、江戸時代に制作されたと考えられています。

概要

『安曇の古代 -仁科濫觴記考-』の著者、仁科宗一郎氏によって、この書物が信濃国風土記の一端を伝えるものであった可能性が指摘されています。書かれている情報の一部は、仁科氏に伝わる「御所ノ旧記」という記録を参照しているとされます。この記録は、奈良時代以前に遡るもので、未発表です。記述には「天皇」という言葉が使われているため、後世の加筆も考えられますが、「成務天皇五年（135年）二月」のような具体的な年代も含まれています。

また、大海人皇子（後の天武天皇）に比定される「皇極ノ太子」による、白雉4年（653年）以降のこの地域への政治的関与の記録など、中央政権の動向についても詳細に記述されている点が特徴です。

記録の年代について、白雉4年（653年）から弘仁8年（817年）までは詳細な記述がある一方で、それ以前の記録は曖昧な部分が多く、成務天皇期以降の約500年間は記録が欠けています。

この地域に関する記録として知られる『信府統記』と比較すると、物語的な要素が多く、事件の年代も曖昧な『信府統記』に対し、『仁科濫觴記』は人間の歴史として時間軸に沿って記述しようとする姿勢がうかがえます。

また、この書には、創作童話「龍の子太郎」のモデルとなった民話の一つである泉小太郎伝説や、八面大王などの安曇盆地の口頭伝承も記述されています。さらに、大町、安曇、穂高、千曲川、仁科三湖、有明山、高瀬川、梓川、姫川、仁科神明宮、穂高神社、若一王子神社などの由来についても記されています。

記録されている地域の範囲は、仁科（現在の大町市から安曇野市にかけて）を中心に、南は松本市島立から同市梓川地区、北は北安曇郡白馬村、同小谷村を超え、信越国境にまで及んでいます。長岡京や岡本宮についても触れられています。

原本・写本・抄録

現存する主な資料は以下の通りです。

赤羽氏所蔵本
仁科神明宮所蔵本（抄録）
佐々屋幾神社所蔵本
県立長野図書館貴重資料・丸山文庫（写本）
長野県立歴史館貴重資料・丸山文庫・清水家文書

主な内容

大町

この地には、崇神天皇の末裔であり、垂仁天皇の弟にあたる「仁品王」（仁科氏の祖）が降臨し、館を築いてこの地を治めたとされています。これにより、この地は「王町」と呼ばれるようになりました。その後、「皇極ノ太子」によって、天智天皇7年（668年）に「大町」に改称されたと記録されています。

一方、『長野県史』では、大町への改称は天文22年（1553年）頃とされています。

安曇郡・安曇野

成務天皇の時代に、諸国の郡の境界が定められた際、「保高見熱躬（ほたかみのあつみ）」が郡司であったため、「熱躬郡」となりました。その後、「皇極ノ太子」によって、天智天皇7年（668年）に「安曇」に改称されたとされています。

梓川

梓川は、元々「熱躬川」と呼ばれていましたが、「あつみがわ」ではなく「あずさがわ」と読まれる理由として、和名抄（巻5）で信濃国安曇郡を「阿都之（あつし）」と訓じていることが挙げられます。「あつし」という訓が、「あづさ」の音に近いことが、この川の名前の由来に関係していると考えられます。

更級郡・筑摩郡・千曲川

郡の境界を定めた際に、熱躬郡と熱躬川が決められましたが、この時、筑摩郡と筑摩川も決められたと考えられます。筑摩郡は、現在の更級郡を含む地域で、後に筑摩郡から更級郡が分かれた際、更級郡の川であるにもかかわらず、千曲川に「つかま/ちくま」の字が残ったと推定されています。

高瀬川

古代には遠音太川（とおだかわ）と呼ばれていましたが、「皇極ノ太子」が詠んだ歌によって、白雉5年（654年）に高瀬川と改称されました。

仁科神明宮

「仁品王」が氏神として天照皇太神の廟を建造し、「宮本神明宮」と命名したのが始まりとされています。この宮本神明宮が、仁科神明宮の起源です。その後、仁品王の子孫によって、仁品王や妹耶姫も祭祀されるようになり、白雉5年（654年）には末社が12社を数えるほどに発展しました。

若一王子神社

垂仁天皇の時代に、仁品王が伊弉冉尊を祀ったのが始まりとされています。嘉祥2年（849年）には、仁品王とその妻の妹耶姫が合祀されました。

穂高神社

白雉4年（653年）に、「皇極ノ太子」によって創建されたとされています。この地が、「安曇郡」の名の由来となった保高見ノ熱躬の舎跡であったため、「穂高神社」と呼ばれるようになりました。

大海人皇子・天武天皇

白雉4年から5年にかけて、「皇極ノ太子」が信濃国熱躬郡（安曇郡）に降臨し、この地域の政治状況に深く関与しました。また、斉明天皇2年（656年）には、自身の3歳の子を仁品城の新しい城主として派遣し、仁科氏の血統を一新しました。天智天皇7年（668年）には、仁品氏を仁科氏と改めさせるなど、後々までこの地域の政治に大きな影響を与えました。

等々力

景行天皇の頃、東夷の襲来を恐れた仁品王が、矢原に陣を構え、武具を整えて兵を集めました。その際、「郎等、等、力合」という言葉が使われ、この中の「等等力」が、「穂高等々力」の地名の由来となりました。

等々力氏の起源は、飛鳥時代の田村守宮に遡ります。斉明天皇2年（656年）に、「皇極ノ太子」の密命で、3歳になる子が仁科の城主として派遣された際、補佐として田村守宮が同行しました。田村守宮が等々力氏の祖となり、8世紀頃に孫が初めて等々力玄馬亮を名乗りました。しかし、玄馬亮の子は再び「田村守宮」を名乗っています。このことから、「皇極ノ太子」を天武天皇と仮定すると、田村守宮は天武天皇の父の舒明天皇、またはその母の糠手姫皇女の一族である可能性も指摘されています。

別の説では、八面大王を退治した坂上田村麻呂の家臣である「等々力玄蕃允」が、現地に残ったことが等々力氏の起源であるとも言われています。しかしながら後者の記述は、著名な征夷大将軍田村麻呂の征東にあわせた伝説である可能性が高いです。

その他の記述

この書には、犀川、魏石鬼八面大王、仁科氏、山清路などについても記述があります。

参考文献

この書に関する参考文献は、今後の研究によって明らかになることが期待されます。

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