伊勢貞助

伊勢貞助（いせ さだすけ）：室町幕府を支えた異色の武士

伊勢貞助は、戦国時代の室町幕府に仕えた武士であり、その生涯は異彩を放っています。室町幕府の要職である政所執事を務めた伊勢貞陸の孫にあたり、名門の家柄に生まれました。

出家と還俗、そして幕府への復帰

当初、貞助は貞堯と名乗り、兄の死後、父・貞遠の後を継いで家督を相続しました。しかし、間もなくして出家し、牧雲斎常真と号します。この出家の理由は定かではありませんが、当時の社会情勢や家督相続をめぐる内部事情が影響したと考えられています。

その後、三好長慶に召し出され、還俗して貞助と名乗るようになります。三好長慶は、朝廷や諸大名との外交交渉、そして自らが擁立する細川氏綱の権威づけのため、室町幕府の武家故実や書札礼に通じた人物を求めており、隠棲していた貞助に白羽の矢が立ったのです。長慶の推挙により、貞助は父の官職である加賀守に任じられ、足利義輝のもとに出仕し、幕府に復帰しました。この間、出家と還俗を経験し、幕府と三好氏という二つの勢力の間で活動するという、特異な立場を歩むことになります。

三好氏との関係と幕府内での立場

幕府に復帰した貞助は、奉公衆・申次衆として足利義輝に仕える傍ら、三好長慶・義興（義長）父子や松永久秀とも親密な関係を築きました。特に三好氏においては、政治や儀礼に関する顧問的な役割を担い、その影響力は大きなものがありました。幕府内では、親三好政権とみなされることもありました。

永禄8年（1565年）に起こった永禄の変では、足利義輝が三好三人衆に襲撃され殺害されるという悲劇に見舞われます。この時、他の奉公衆が将軍を守るために戦う中、貞助は室町幕府の重宝を運び出し、その後、三好三人衆が擁立した足利義栄に仕え、その将軍宣下に奔走しました。この行動は、彼が三好氏との関係を重視していたことを物語っています。義輝の弟である足利義昭が将軍に就任すると、貞助は引退しました。

著作から見える人物像

貞助は、多くの著作を残しており、その内容は、当時の社会や文化を知る上で貴重な資料となっています。主な著作としては、『伊勢家鷹書薬餌抜書』、『伊勢貞助雑記』、『伊勢貞助返答記』、『御成記』、『貞助記』、『下間大蔵法橋尋申条々』、『鷹之鳥台居之事伝』、『武雑書札礼節』、『返答』、『伊勢因幡入道并常真返答』、『伊勢常真記』、『伊勢常真書札之事』、『伊勢友枕斎伊勢常真返答書』、『書札覚悟』、『姓名録抄』、『鷹之事』、『書札礼節』、『雑々聞撿書』、『雑々書札』、『鳩拙抄』、『三好義長亭御成記』などが挙げられます。

特に、室町幕府の歴史書である『後鑑』には、『伊勢貞助記』からの引用が多く見られます。研究の結果、この『伊勢貞助記』は、貞助の著作である『貞助記』、『雑々聞撿書』、『雑々書札』、そして父・貞遠の著作の写本である『聞書』の4冊から抽出されたものと推定されています。これらの著作からは、貞助が武家故実や書札礼に通じていただけでなく、鷹狩りや薬学にも関心があったことが窺えます。

その後の動向

貞助の没年は定かではありませんが、著作である『雑々書札』に天正元年（1573年）の年次と70歳の年齢が記されていることや、他の写本に72歳の奥書があることから、天正3年（1575年）までは健在であったと考えられています。

嫡男の貞知は、既に同族の因幡守家を継いでいたため、足利義昭に仕えることが許されましたが、義昭が織田信長に追放される以前に、近衛家の家臣に転じました。貞助の血筋は、室町幕府の滅亡後も、新たな主のもとで生き抜いていったのです。

伊勢貞助は、室町幕府の衰退期において、激動の時代を生き抜いた人物でした。その特異な経歴と残された著作は、当時の社会や文化を理解する上で、非常に貴重な資料となっています。

もう一度検索