伊甚国造

伊甚国造について

伊甚国造（いじみのくにのみやつこ、いじみこくぞう）は、古代に上総国埴生郡（現在の千葉県茂原市の一部、長生郡長南町および睦沢町の一部）を支配した国造です。この地域は、現在の千葉県南東部に位置し、太平洋に面した豊かな土地です。伊甚国造は、地域社会を統治し、ヤマト王権との関係を築きながら、独自の文化を育んでいました。

概要

伊甚国造は、後の上総国埴生郡、現在の千葉県茂原市の一部と長生郡長南町および睦沢町の一部を支配したとされる国造です。その姓は直（あたい）とされています。

『先代旧事本紀』によれば、伊甚国造の祖は安房国造の祖である伊許保止命の孫、伊己侶止直とされています。一方、『古事記』では、天之菩卑能命の子である建比良鳥命を伊自牟国造の祖としています。この記述の違いは、伝承の多様性を示唆しています。

氏族

伊甚国造の氏族は伊甚氏（いじむうじ）で、姓は直です。伊甚氏は出雲臣と同族とされ、出雲国にも伊甚神社が存在します。また、時代によって刑部直、長谷部直、春部直と称した時期もあり、我孫公氏の指揮下で大王に服属し、貢物を運搬する役割を担っていたと考えられています。

本拠地と勢力

伊甚国造は、夷隅川および一宮川流域を支配していたとみられています。長南町域には、能満寺古墳や油殿一号墳などの4世紀代の大型前方後円墳が確認されており、当時の首長勢力の存在を物語っています。これらの古墳の築造者を伊甚国造とする説もあり、上総国一宮の玉前神社との関連も指摘されています。

『日本書紀』には、伊甚屯倉献上の記事があり、安閑天皇元年（534年）に、内膳卿の膳臣大麻呂が伊甚国造に真珠の献納を命じたものの、遅れたため捕縛しようとしたところ、国造の伊甚稚子が春日山田皇后の寝殿に逃げ込んだという逸話が記されています。この事件を機に、稚子は春日山田皇后に伊甚屯倉を献上し、これが後の夷灊郡になったとされています。

この屯倉は広大な領域を誇り、夷灊郡のみならず、北の埴生郡や長柄郡にも及んでいたと推定されています。屯倉の設置は、ヤマト王権が地方豪族の支配領域に直轄領を設け、勢力を拡大する戦略の一環であったと考えられます。

また、6世紀には春日山田皇后の外戚である和珥氏の一族もこの地域に進出しており、物部氏もこの地域の開発に関与していたことが記録に残っています。これらの動きは、古墳時代中後期のこの地域における首長勢力の衰退を反映している可能性があります。

氏神

伊甚国造の氏神は、上総国一宮である玉前神社であるとされています。

墓

伊甚国造の墓としては、以下の古墳が知られています。

能満寺古墳: 千葉県長生郡に位置する全長73メートルの前方後円墳で、4世紀後半に築造されました。国造一族の墓と考えられています。
油殿古墳群: 千葉県長生郡に位置する古墳群で、2基の前方後円墳と2基の円墳で構成されています。1号墳は全長93メートルの前方後円墳で、4世紀末から5世紀初頭の築造です。
ひな塚古墳
大谷木古墳
富貴楽古墳

これらの古墳は、伊甚国造の勢力や文化を知る上で重要な手がかりとなっています。

まとめ

伊甚国造は、古代の地方豪族として、独自の文化を築きながら、ヤマト王権との関係を深めていきました。その歴史は、古墳や文献を通じて現代に伝えられ、古代の社会構造や政治情勢を理解する上で重要な役割を果たしています。

参考文献

小笠原長和・監 『千葉県の地名（日本歴史地名大系 12）』 平凡社、1996年
角川日本地名大辞典編纂委員会・編 『角川日本地名大辞典 12 千葉県』 角川書店、1984年
天理大學出版部編集委員会 『先代舊事本紀〈天理圖書館善本叢書和書之部 41巻〉』天理大學出版部、1978年
荻原浅男・訳 『日本の古典完訳 (1) 古事記』 小学館、1983年
坂本太郎・他 『日本書紀（三） (岩波文庫) 』 岩波書店、1994年
宇治谷孟・訳 『[日本書紀]全現代語訳 (講談社学術文庫)』 講談社、1988年
加藤謙吉・他 『日本古代史地名事典』 雄山閣、2007年
* 青木和夫 他 『続日本紀 四』 岩波書店、1995年

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