佐藤一郎 (画家)

佐藤一郎：絵画の物質性と視覚を探求する画家・研究者

佐藤一郎（さとう いちろう）は、1946年宮城県に生まれ、日本の美術界において、画家、絵画材料学、絵画技術学の研究者として重要な足跡を残しています。東京芸術大学では長年にわたり教鞭をとり、後進の育成にも尽力しました。彼の研究と制作活動は、絵画という表現形式の根源的な問いに迫るものであり、その業績は多方面から高く評価されています。

画家としての探求

佐藤の絵画作品は、油絵具の物質としての存在感と、視覚がどのようにそれを捉えるかという関係性を深く追求したものです。彼は、西洋絵画の伝統的な技法であるグレーズ（彩色技術）やインプリマトゥーラを巧みに用い、油絵具の透明性や物体性を最大限に活かした作品を数多く生み出しました。その作品は、強い光沢を放ちながらも決してくどくなく、霊妙な雰囲気を醸し出しています。

特に、ウィーン幻想派の画家ルドルフ・ハウズナーとの出会いは、彼の作風に大きな影響を与えました。大学院時代にハウズナーの作品に触れたことが、その後の制作活動の原点となったと述懐しています。ハウズナーから受けた影響は、佐藤の作品に独自の幻想性と深みを与え、他の画家とは一線を画す個性を確立しました。

絵画材料学・絵画技術学の研究

佐藤は、単なる画家としてだけでなく、絵画材料学・絵画技術学の研究者としても卓越した業績を残しています。アリストテレスの『形而上学』を引用し、視覚の本質と絵画の関係について深く考察しました。油絵具という材料の誕生の背景には、視覚とは何かという問いが存在し、西洋の人々が油絵の物質的な構成要素に視覚の構造を仮託していたという考えを示しています。そして、絵画はイリュージョンでありながら、単なる像ではなく物質として存在しているという事実に着目し、その両義性を探求しました。

彼の研究は、絵画の技術的な側面だけでなく、その歴史的、哲学的な背景にも及び、絵画という表現形式を多角的に捉えようとする姿勢を示しています。マックス・デルナーの『絵画技術体系』の翻訳をはじめ、数多くの著書や論文を通じて、その研究成果を広く社会に還元しました。

教育者としての貢献

1999年から2014年にかけて東京芸術大学教授を務め、多くの学生を育成しました。その後、金沢美術工芸大学大学院専任教授、東北生活文化大学学長を歴任するなど、教育者としても多大な貢献を果たしました。彼は、絵画実技だけでなく、絵画材料や絵画技術に関する深い知識を学生に伝え、次世代の芸術家や研究者を育てました。

経歴

1946年 - 宮城県古川市に生まれる、仙台市で育つ。
1965年 - 宮城県仙台第二高等学校卒業
1970年 - 東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業、卒業制作買い上げ・大橋賞受賞
1972年 - 東京芸術大学大学院美術研究科修士課程油画修了
1973年 - 東京芸術大学研究生修了、ドイツ学術交流会（DAAD）留学生としてハンブルク美術大学留学 (-1977)
1981年 - 東京芸術大学博士課程油画専攻を単位取得退学、東京芸術大学美術学部絵画科常勤講師（油画技法材料研究室） (-1986)
1986年 - 東京芸術大学助教授（油画技法材料研究室） (-1998)
1995年 - 文部省在外研究員として、ウィーン美術大学修復学科に在籍 (-1996)
1999年 - 東京芸術大学美術学部教授（油画技法材料研究室、兼担：文化財保存学保存修復油画研究室）
2014年 - 金沢美術工芸大学大学院専任教授
2019年 - 東北生活文化大学学長に就任

主な展覧会

東京芸術大学卒業制作展（1970年、買い上げ、大橋賞受賞）
個展（スルガ台画廊、みゆき画廊、あかね画廊、ヒロ画廊など多数）
安井賞候補展（1973年、1984年、1989年）
国際形象派展（1977年、1981年）
明日への具象展（1979年、1981年-1983年）
油絵大賞展（1981年、佳作賞）
日本青年画家展（1984年、1985年、1987年、1988年）
具象絵画ビエンナーレ（1985年）
みやぎの五人展（1985年）
IMA「絵画の今日」展（1993年、1995年、1997年）
うしく現代美術展（1996年-1998年、2000年-2007年）
個展（東海ステーションギャラリー、日本橋三越本店など）
佐藤一郎退任記念展（2014年）

主要な著書・訳書・論文

『マックス・デルナー：絵画技術体系』（美術出版社、1980年）翻訳
『絵画技術入門』（美術出版社、1988年）
『クルト・ヴェールテ：絵画技術全書』（美術出版社、1993年）監修翻訳
『明治前期油画基礎資料集成』（中央公論美術出版、1992年）共著
『明治後期油画基礎資料集成』（中央公論美術出版、2004年）共著
『トンプソン教授のテンペラ画の実技』（三好企画、2005年）翻訳
その他、多数の論文

教育活動・社会活動

絵画科油画専攻における「絵画実技」「絵画材料」「絵画技術」の指導、共通科目「絵画技法史・材料論」の講義のほか、文化財保存学科、藝術学科の集中講義を担当。多くの大学や教育機関で非常勤講師を務め、後進の育成に力を注ぎました。

その他、ドイツ学術交流会試験官、宮城県美術館石膏管理委員会委員、大学評価学位授与機構臨時専門委員、文化財保護藝術振興財団評議員、大学設置、学校法人審議会（大学設置分科会）美術専門委員、アートアニュアル（せんだいメディアテーク）審査員などを歴任しました。また、NHK教育TV『新日曜美術館』や放送大学講座などのメディアにも出演し、絵画技術に関する知識を広く社会に発信しました。

代表作品

『透視肖像の図』 (1969-70)
『調色板と電熱器』 (1976/1977)
『青葉』 (1984)
『那智大滝』 (1997)
『蔵王御釜』 (2005)

パブリックコレクション

東京藝術大学大学美術館
栃木県立美術館
宮城県美術館
宮城県知事室
青梅市美術館
古川市
吉野作造記念館
図書館情報大学
宮城県仙台第二高等学校
宮城テレビ放送
外務省
日本郵船
国会議事堂

参考文献

『SAS NEWS'80 VOL.36 手仕事としての絵画技術の復権　マックス・デルナー「原著第14補訂版 絵画技術体系」を訳して』佐藤一郎　学校法人　高沢学園　すいどーばた美術学院 1980
『絵画技術体系』 マックス・デルナー 著 ハンス・ゲルト・ミュラー 著（改訂）佐藤一郎 訳 美術出版社 1980/01 ISBN 4568300347 ISBN 978-4568300345
『絵画技術入門―テンペラ絵具と油絵具による混合技法（新技法シリーズ） 』 佐藤 一郎 著 美術出版社 1988/11 ISBN 4568321468 ISBN 978-4568321463
『絵画技術全書』 クルト・ヴェールテ (Kurt Wehlte) 著 ゲルマール・ヴェールテ (Germar Wehlte) 著（改訂） 佐藤一郎 監修翻訳 戸川英夫 訳 真鍋 千絵 訳 美術出版社 1993/03 ISBN 4568300460 ISBN 978-4568300468
『明治前期油画基礎資料集成―東京芸術大学収蔵作品』 坂本 一道 編集 中央公論美術出版 1991/03 ISBN 480550210X ISBN 978-4805502105

外部リンク

東京藝術大学 佐藤一郎

関連項目

油画技法材料研究室
西欧絵画
明治期油画
絵画技術
混合技法
絵画材料
テンペラ絵具
油絵具
リアリズム
ウィーン幻想派
ルドルフ・ハウズナー
脇田和
会田誠
絵画修復
絵画保存
文化財保存
デジタル写真

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