免疫グロブリンA

免疫グロブリンA (Immunoglobulin A, IgA)

免疫グロブリンA、略称IgAは、哺乳類や鳥類の体内で見られる抗体（免疫グロブリン）の一種です。この抗体分子は、二本の重鎖（α鎖）と二本の軽鎖（κ鎖またはλ鎖）を基本的な骨格として構成されています。単独のIgA分子は二つの抗原結合部位を備えています。

特に、気道や消化管などの粘膜表面に存在するIgAは、単量体としてではなく、主に二量体という形態をとっています。この二量体は、J鎖と呼ばれる別の小さなポリペプチドを介して、二つのIgA分子が結合したものです。二量体化することで、合計四つの抗原結合部位を持つことになり、より効率的に複数の抗原を捕捉できるようになります。この二量体IgAは「分泌型IgA (Secretory IgA, SIgA)」と呼ばれ、粘膜免疫において中心的な役割を果たしています。粘膜は常に外部からの抗原や微生物にさらされているため、分泌型IgAは消化器系や呼吸器系における防御機構の第一線として機能します。

IgAをコードする遺伝子にはIgA1とIgA2の二つのサブクラスが存在します。血液中に存在する単量体あるいは二量体のIgA（血清型IgA）では、その約90％がIgA1で占められています。一方、粘膜表面で働く分泌型IgAでは、IgA2の割合が血清型に比べて高く、全体の30％から50％程度を占めています。体内に存在する全IgAのうち、血清IgAが占める割合は10％から20％程度であり、IgAの大部分は二量体として、主に粘膜関連組織で活動していることが分かります。単量体のIgAは分子量約16万です。

IgAの機能

粘膜免疫における役割

粘膜は、外界と直接接触する体の境界であり、絶えず様々な抗原や微生物に曝されています。これらの侵入から体を守るための局所的な免疫システムが存在し、これを粘膜免疫防御系（MALT: Mucosa-associated Lymphoid Tissue）と呼びます。分泌型IgAは、このMALTを構成する重要な要素の一つです。代表的なMALTとしては、消化管に関連するGALT (Gut-associated Lymphoid Tissue)、気道に関連するBALT (Bronchus-associated Lymphoid Tissue)、鼻腔に関連するNALT (Nasal-associated Lymphoid Tissues) などが知られています。

粘膜免疫システムは、IgAの産生を促す「誘導組織」、実際にIgAが分泌されて機能する「実効組織」、そして両者をつなぐ細胞の「帰巣経路」から成り立っており、これらは共通粘膜免疫機構（CMIS: Common Mucosal Immune System）とも呼ばれます。誘導組織では、粘膜に存在する免疫細胞が抗原を取り込み、リンパ球を活性化させて特定の場所へ移動するよう促します。活性化されたリンパ球はリンパ節で成熟した後、離れた場所にある実効組織へと移動し、そこでIgAを産生する細胞へと分化します。この際、一度誘導組織を離れたリンパ球が、再び同じ種類の組織へ戻ってくる性質があり、これをリンパ球のホーミング（帰巣現象）と呼びます。

IgAは、実効組織の粘膜固有層に存在する形質細胞によって二量体の形で産生され、分泌されます。形質細胞はB細胞というリンパ球から分化し、抗体を作る能力を持った細胞です。B細胞がIgAを産生する能力を獲得するためには、サイトカインと呼ばれる様々な生理活性物質の刺激が必要です。例えば、B細胞がTGF-βやインターロイキン-4といったサイトカインの働きかけを受けると、通常産生するIgMからIgAへと産生する抗体の種類を切り替える現象（クラススイッチ）が誘導されます。さらにインターロイキン-5やインターロイキン-6などの刺激を受けて、IgAを効率よく産生できる形質細胞へと成熟します。このプロセスには、Th2型ヘルパーT細胞が産生するサイトカインが重要な役割を担っていることが分かっています。

産生された二量体IgAは、J鎖と結合した状態で、粘膜上皮細胞の基底膜側にある分泌成分（SC: Secretory Component）と結合します。SCと結合したIgAは上皮細胞の中に取り込まれ、細胞内を通って管腔側（粘膜の外側）へと放出されます。この分泌成分は、粘膜表面のタンパク質分解酵素からIgA分子を守る保護キャップのような働きをします。このようにして粘膜表面に運ばれたIgAは、微生物や抗原が体内に侵入するのを防ぎ止め、生体防御において極めて重要な役割を果たします。

その他の機能

血清中に存在するIgAも、免疫反応に関与しています。血清IgAは、好酸球やマクロファージなどの細胞表面に存在するFcαR (CD89) と呼ばれる受容体に結合することが知られています。この結合を介して細胞が活性化され、病原体を食べる作用（食作用）、抗体依存性細胞傷害（ADCC）、炎症を引き起こす物質の放出促進など、様々な免疫応答が引き起こされることが示唆されています。

また、IgAは母子免疫においても重要な役割を果たします。特に初乳には高濃度の分泌型IgAが含まれており、これを飲んだ新生児の消化管内で病原体の感染を防ぐ働きがあります。母子免疫には免疫グロブリンG（IgG）も関わりますが、IgGが胎盤を介して胎児へ移行するのに対し、IgAは授乳によって新生児に与えられる点が異なります。

ヒトにおける様々な種類の免疫グロブリンの中でも、IgAの産生量はIgGに次いで二番目に多いことが知られています。これは、粘膜免疫が全身の免疫システムにおいていかに重要であるかを物語っています。

総じて、免疫グロブリンAは、その大部分が粘膜表面で分泌型として存在し、外界からの病原体や異物の侵入を防ぐ防御の要として、私たちの健康を守る上で欠かせない抗体と言えます。

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