刺客 (ティツィアーノ)

ティツィアーノの傑作『刺客』

『刺客』（伊: Il Bravo, 英: The Bravo）は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1515年から1520年頃に制作した油彩画です。この作品は、二人の男が背中合わせに立ち、一方がもう一方を攻撃しようとする瞬間を描いた、非常にドラマチックな構図が特徴です。

作品の構成

画面は暗い背景を前に、手前と奥に立つ二人の男の半身像で構成されています。手前の男は鎧を身に着け、背中に隠した短剣のような武器を持つことから、これから奥の男を襲撃しようとしていることが伺えます。一方、奥の男は蔓の葉で作った花輪を頭に被り、金髪をなびかせています。彼は手前の男の行動に気づき、驚いたような表情で振り返っていますが、自身もまた武器に手を伸ばしており、緊張感のある雰囲気を醸し出しています。

この作品は、一見すると単純な構図でありながら、二人の男の表情や仕草、そして隠された武器の存在など、多くの謎が込められています。鑑賞者は、二人の関係性や、これから何が起こるのかを想像力を掻き立てられ、作品の持つドラマ性に引き込まれます。

解釈と歴史的背景

17世紀以降、この絵画は一般的に「刺客」と題され、特定の物語や歴史上の出来事を描いたものとして解釈されてきました。有力な説の一つに、古代ローマの歴史家プルタルコスの「マリウス伝」に登場する、カイウス・ルシウスがトレボニウスを攻撃する場面を描いたとする説があります。また、ギリシア悲劇作家エウリピデスの『バッコスの信女』に登場する、テーバイ王ペンテウスがディオニュソスまたはその信者を逮捕する場面とする説もあります。この説は、奥の男がブドウの葉の花輪を被っていることを説明できます。さらに、X線撮影による調査では、手前の男がかつて王冠を被っていたことが判明しており、作品の解釈をさらに複雑にしています。

過去には、この作品はジョルジョーネやパルマ・イル・ヴェッキオの作品として帰属されていましたが、現在ではティツィアーノの作品であると考えられています。この作品は、初期ヴェネツィア派の画家たちがよく用いた、人物同士が接近し、表情や関係性が謎めいた半身像を描くスタイルを典型的に表しています。

来歴

『刺客』は、1526年頃にはヴェネツィアの貴族ズアナントニオ・ヴェニエールのコレクションに収蔵されていたことが記録されています。その後、1636年に初代ハミルトン公爵ジェイムズ・ハミルトンの手に渡り、ロンドンに持ち込まれました。ハミルトン公爵の死後、絵画は1659年までにバイエルン大公レオポルト・ヴィルヘルムによって購入され、彼のコレクションの一部となりました。現在、この作品はウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

複製と影響

『刺客』は、その人気から多くの複製画が制作されました。特に、ダフィット・テニールスは、レオポルト・ヴィルヘルム大公のコレクションの展示風景を描いた作品の中に、この絵画を何度も描き込んでいます。また、大公のコレクションのカタログ『テアトルム・ピクトリウム』には、この作品のエッチング版が収録されており、当時から非常に高い評価を受けていたことがわかります。

まとめ

ティツィアーノの『刺客』は、謎めいた雰囲気とドラマチックな構図が魅力的な作品です。二人の男の表情や仕草、そして隠された武器など、多くの謎が鑑賞者を魅了し、様々な解釈を生み出してきました。この作品は、ティツィアーノの卓越した画力と、初期ヴェネツィア派の絵画の特徴をよく表しており、ルネサンス美術を語る上で欠かせない作品の一つと言えるでしょう。

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