紅摺絵

紅摺絵：江戸時代の多色摺り版画

紅摺絵とは、江戸時代に発展した初期の色摺り木[[版画]]技法です。錦絵が登場する前の、主に紅色を基調とした多色摺りの版画を指します。墨摺りに紅、緑、黄などの色を加えることで、それまでの墨摺絵に手彩色を施す手法に比べて、より効率的で鮮やかな表現が可能となりました。

紅摺絵の誕生と発展

紅摺絵の起源は諸説ありますが、江戸の版元、江見屋上村吉右衛門が延享元年（1744年）に「見当」という版木合わせの技術を工夫し、製作したのが始まりとされています。しかし、寛保年間（1741年～1744年）には既に紅摺絵が存在したとする説もあり、錦絵が誕生した明和2年（1765年）後も、紅摺絵は制作され続けていました。

用紙には主に柾目紙や仙花紙といった和紙が使用され、当初は紅を主として緑や黄色の2～3色程度でしたが、後に4～5色を用いる作品も現れました。それでも紅色が主体であるため、これらも紅摺絵と呼ばれています。

紅摺絵の制作には、複数の版木を用いて色を重ねていく技術が必要でした。それぞれの版木に正確に色を乗せるため、「見当」の技術が重要であり、その精度の高さは、後の錦絵の発展にも大きく貢献しました。

代表的な絵師と作品

紅摺絵を手がけた絵師には、二代目鳥居清信、鳥居清倍、奥村政信、西村重長、石川豊信などがいます。後期には、鳥居清満、鳥居清広、鳥居清経といった絵師も活躍しました。また、紅摺絵の一種として、緑と黄色の2色のみで制作される「草絵」があり、鳥居派の絵師を中心に制作されていました。

紅摺絵が盛んだった時代は、八代将軍徳川吉宗の治世以降、質素倹約が推奨された時代でした。そのため、錦絵のような豪華な多色摺り版画ではなく、比較的簡素な紅摺絵が主流となりました。紙質も漆絵などに比べると劣るものだったと言われています。

しかし、奥村政信や石川豊信など、優れた絵師たちは構図や色彩において創意工夫を凝らし、多色摺り版画の可能性を追求しました。彼らの作品は、後の錦絵へと繋がる重要なステップとなったのです。鈴木春信や北尾重政といった著名な浮世絵師も、初期には紅摺絵を描いています。

紅摺絵と錦絵

紅摺絵は、単なる錦絵以前の技法というだけでなく、錦絵の発展に大きく貢献しました。「見当」技術の向上や多色摺りの試みは、より複雑で精緻な錦絵の制作を可能にしました。紅摺絵は、錦絵へと続く多色摺り版画の歴史における重要な一歩だったと言えるでしょう。質素倹約の風潮の中で、紅摺絵は創意工夫を凝らした表現方法として発展し、後の浮世絵の豊かな表現へとつながる礎を築いたのです。

参考文献

藤懸静也　『増訂浮世絵』　雄山閣　1946年
吉田漱　『浮世絵の基礎知識』　雄山閣、1987年
* 大久保純一　『カラー版　浮世絵』〈『岩波新書』(新赤版)1163〉　岩波書店、2008年

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