即身仏

即身仏：永遠の瞑想とミイラの謎

即身仏とは、主に日本の仏教、特に密教において見られる僧侶のミイラです。中でも真言宗湯殿山系の寺院では、即身成仏の思想に基づいた即身仏が多く存在しました。しかし、それ以外の思想的背景を持つ日本の僧侶や行者のミイラも、便宜的に即身仏と呼称される場合があり、本稿ではこれらについても解説します。なお、これらのミイラの総称として「入定ミイラ」という呼称も用いられますが、地方や信仰、研究者によって呼称は統一されていません。

即身仏の思想的背景：入定と弥勒信仰

日本の僧侶や行者のミイラの総称として用いられる「入定ミイラ」という語は、本来は座禅によって精神を統一し、修行をする「座禅入定」を意味します。それがミイラ作製と結びついたのは、生身では到達できない56億7000万年後の弥勒菩薩の下生を、滅心定（深い瞑想状態）に入ることで待つという思想に基づいています。

この思想は、『大唐西域記』に記述されているように、古代インドや中国にも存在しました。しかし、日本の現存する僧侶ミイラの思想的背景は一様ではありません。弥勒信仰に基づく入定ミイラは、弘智法印など限られた例のみで、湯殿山系の即身仏を全て入定ミイラと呼ぶのは正確ではありません。

空海の即身成仏思想の影響

湯殿山系の即身仏は、空海の即身成仏思想の影響を受けたとも言われています。即身成仏とは、大日如来と一体化するという真言密教の思想であり、ミイラ作製とは直接の関係はありません。しかし、湯殿山と羽黒山の間で起きた訴訟において、湯殿山側は空海の教えを受け継いで即身成仏を目指すことを主張しました。

即身成仏思想と弥勒信仰の違いは、大乗仏教と小乗仏教の相違に由来します。小乗仏教では、釈迦の後に菩薩となるのは弥勒菩薩のみですが、大乗仏教では修行によって誰でも仏になれるとされます。そのため、即身成仏が実現すれば弥勒菩薩の下生を待つ必要はないのです。ただし、秀快上人の例に見られるように、即身成仏思想と弥勒信仰を融合させた例もあります。

湯殿山と羽黒山の対立

湯殿山系では複数の即身仏が作られ、現在も残されていますが、同じ出羽三山信仰圏にある羽黒山では即身仏の制作は確認されていません。この背景には、両者の宗教的、政治的対立があったと考えられています。江戸時代初期、羽黒山と湯殿山の統一を図る動きがありましたが、湯殿山側は真言宗であることを主張して反発し、訴訟の結果、羽黒山からの独立を認められました。この訴訟の中で、湯殿山側は空海の教えを継承し、一世行人が即身成仏を目指していると主張しています。

即身仏の制作方法

即身仏の制作方法において特異な点は、死後に遺体を保存する目的で、生前から本人が準備を行うことです。湯殿山系即身仏では、仙人沢で長期間にわたる木食行（食事制限）を行い、脂肪を減らし、ミイラ化しやすい身体を作ります。ウルシを飲むという伝承も残っています。亡くなった後、座禅や合掌の姿勢を整え、地下に埋葬します。その後、遺体保存のため、乾燥、燻製、柿渋の塗布、内臓の除去などの加工が行われた例もあります。

歴史と主な即身仏

即身仏の歴史は古く、空海の入定伝説も知られています。平安時代の往生伝には、遺体が腐敗しないという記述があり、即身仏の発生と関連付けられる可能性があります。現存する最古の即身仏は、新潟県にある弘智法印です。他にも、多くの即身仏が各地に存在し、それぞれ独自の伝承や信仰と結びついています。例えば、弾誓上人、本明海上人、宥貞法印、舜義上人、全海法師、心宗行順行者、忠海上人、秀快上人、真如海上人、妙心法師、円明海上人、鉄門海上人、萬蔵、光明海、明海上人、鉄竜海上人、仏海上人などが挙げられます。上杉謙信の遺体も、即身仏として扱われたとされています。

現存する即身仏と今後の課題

現在、多くの即身仏は鼠害、虫害、物理的損傷を受けており、劣化が進行しています。維持管理は寺院や信者任せの場合も多く、保存状態の改善が課題となっています。日本ミイラ研究グループが大きな役割を果たしてきましたが、研究者の高齢化による停滞も懸念されています。即身仏は貴重な歴史的、文化遺産であるため、今後、学術研究と保存修復の両面からの取り組みがますます重要になります。

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