可謬主義

可謬主義：揺るぎない確信は存在するか？

可謬主義とは、いかなる知識も本質的に誤りうる可能性を孕んでいるという哲学的な立場です。これは、絶対的な確実性を有する知識はありえない、という極端な主張を含む場合もあります。確固たる真実など存在せず、全ての知識は修正・変更される可能性があるという、一見すると不安定に思える考え方ですが、実は多くの哲学者によって支持され、現代の認識論に大きな影響を与えています。

可謬主義の起源と展開

可謬主義の思想は、古代ギリシャの哲学者たちにも既に存在していました。クセノパネスやソクラテス、プラトンなどは、人間の知覚や理解の限界を認識し、絶対的な真理への到達を疑問視する考えを示していました。アカデメイア派の哲学者は特に、「人間は何事についても確信を持つことはできない」と主張していたことが知られています。

近代においては、チャールズ・サンダース・パースやジョン・デューイといったプラグマティストたちが可謬主義を積極的に取り上げました。彼らは、知識の基礎付け主義（知識には揺るぎない根拠が必要であるとする立場）を批判する際に、可謬主義の概念を用いました。懐疑主義とは異なり、可謬主義は全ての知識を放棄することを意味するわけではありません。むしろ、我々が持つ知識は常に不完全であり、新たな経験や証拠によって修正される可能性があるという謙虚な姿勢を促すものです。

20世紀には、カール・ポパーが批判的合理主義を構築する上で可謬主義を重要な前提としました。ポパーは、科学的知識は反証可能性を持つ仮説の積み重ねであり、常に修正・発展していくものだと考えました。ウィラード・ヴァン・オーマン・クワインもまた、分析的命題と総合的命題の二分法を批判する中で可謬主義を取り入れました。さらに、ユルゲン・ハーバーマスやヒラリー・パトナムといった哲学者たちも、それぞれ独自の視点から可謬主義を支持しています。

真理への収束：意見の一致は可能か？

パースは、真理の基準を研究者集団における意見の一致に求める考えを示しました。しかし、研究が真実に収束していくかどうかについては、哲学者たちの間で意見が分かれています。ポパー、ハーバーマス、パトナムなどは、研究の進展に伴い、意見が真実に収束していく可能性を認めていますが、リチャード・ローティやトーマス・クーンなどは、そのような収束は起こらないと主張しています。科学史におけるパラダイムシフトの存在は、後者の主張を支持する一つの根拠となっています。

数学と論理の可謬性

数学や論理学のような、公理的に真であると考えられる知識についても、可謬主義的な解釈が存在します。一部の可謬主義者は、これらの知識は例外的に不可謬であると認める一方で、我々がこれらの知識を適用する際に誤りを犯す可能性があることを指摘します。批判的合理主義者のハンス・アルバートは、論理学や数学においてさえ、いかなる真理も完全に証明することは不可能であると主張し、これは「ミュンヒハウゼンのトリレンマ」として知られています。

可謬主義の意義

可謬主義は、絶対的な真理への執着を放棄し、知識の不完全性と発展可能性を認めることで、より柔軟で進歩的な思考を促します。科学の発展や社会の進歩において、常に自らの知識を批判的に検証し、修正していく姿勢は不可欠であり、可謬主義はこうした姿勢の哲学的な基盤を提供すると言えるでしょう。 可謬主義は、完璧な知識への到達を諦めるのではなく、より良い知識への探求を続けるための重要な枠組みなのです。

もう一度検索