台湾行啓

1923年（大正12年）4月、皇太子裕仁親王（後の昭和天皇）が台湾を訪問した「台湾行啓」は、日本統治下の台湾における重要な出来事です。この訪問は、単なる皇室の行事にとどまらず、当時の国際情勢や日本国内の政治状況、そして台湾の統治政策と深く関連していました。

背景

第一次世界大戦後、民族自決主義が広まる中、日本の植民地統治にも変化が求められていました。台湾では「台湾議会設置請願運動」が起こり、自治を求める声が高まっていました。日本国内でも「大正デモクラシー」が進展し、従来の軍部主導の植民地統治が見直される動きがありました。

このような状況下で、原敬首相は「内地延長主義」を掲げ、台湾を日本内地と同様の制度で統治しようとしました。1919年には文官の田健治郎が台湾総督に就任し、「内台融合」「一視同仁」の方針のもと、地方制度改革や台湾人官吏の登用、内台共学、内台共婚などを進めました。

台湾行啓は、これらの改革を権威づけるための総仕上げとして計画されました。

行啓実現までの道のり

大正天皇自身も台湾行幸を望んでいましたが、健康上の理由で実現しませんでした。田健治郎総督は、皇太子裕仁親王の欧州訪問の帰途に台湾訪問を願い出ましたが実現せず、その後も首相や宮内庁に働きかけ、ようやく1923年4月の行啓が決定しました。

田総督は、行啓の目的を「島民に摂政殿下の徳を啓発し、台湾統治の実際を親王に知ってもらうため」と説明し、宮内庁との交渉を進めました。反対意見もありましたが、田総督は粘り強く説得し、行啓を実現させました。

反対論

行啓計画に対しては、台湾の治安不安や朝鮮での行啓要求を懸念する反対意見がありました。しかし、田総督はこれらの意見に対して丁寧に反論し、関係者の理解を得ることに成功しました。

下検分と行啓延期

行啓ルートの検討や警備体制の準備が進められる中、北白川宮成久王が事故死する不幸が起こりました。このため、行啓は一時延期されましたが、その後改めて実施が決定しました。

行啓概要

随員

行啓には、伏見宮博義王、牧野伸顕宮内大臣、入江為守東宮侍従長、珍田捨巳東宮大夫、奈良武次東宮武官長らが随行しました。

御召艦

御召艦は戦艦「金剛」で、先導艦「霧島」、供奉艦「比叡」が同行しました。台湾現地では、奉迎艦として「木曾」が配備されました。

台湾の主要人物

台湾総督府からは、田健治郎総督をはじめ、賀来佐賀太郎総務長官、新元鹿之助鉄道部長、竹内友治郎警務局長らが参加しました。各州の知事も行啓を歓迎しました。

日程

1923年4月12日に横須賀を出発し、4月16日に基隆港に到着しました。その後、台北、新竹、台中、台南、高雄、屏東などを巡り、4月27日に基隆港を出港し、5月1日に横須賀に帰着しました。

行啓中の出来事

出発まで

当初、4月5日に台湾着の予定でしたが、北白川宮成久王の事故死により延期されました。4月10日に改めて行啓が発表され、4月12日に皇太子は東京を出発しました。

往路

御召艦隊は、九州南端から三貂角を目指して南下しました。航海中には、乗組員の訓練や運動、余興などが催されました。

台北

基隆港に到着後、皇太子は御召列車で台北へ移動し、台湾総督官邸に滞在しました。台北では、台湾神社参拝や台湾総督府行啓、台湾生産品展覧会見学などが行われました。また、台湾の有力者への叙勲や、タパニー事件の囚人への恩赦も行われました。

新竹、台中

新竹では小学校を視察し、台中では小学校や中学校、水道水源地などを訪問しました。各地で歓迎を受け、市民による提灯行列も行われました。

台南、高雄

台南では、州庁や北白川宮御遺跡所、孔子廟などを訪問しました。高雄では、州庁、小学校、高雄港などを視察しました。高雄港では、地元漁師による伝統的な漁法や龍舟競漕も披露されました。

帰路

高雄港を出港後、馬公港を経由して基隆港に戻り、台北に再滞在しました。その後、4月27日に基隆港を出港し、5月1日に横須賀に帰着しました。

記念切手・郵便印

台湾行啓を記念して、台湾でのみ販売される記念切手が発行されました。図案には、台湾を象徴する新高山（玉山）と紅檜が用いられました。また、行啓記念の特殊通信日付印も使用されました。

影響

記念日

台湾総督府は、4月16日を「皇太子殿下台湾行啓記念日」と定めました。屏東市も独自に4月22日を記念日としました。

山の名称

行啓中、皇太子はシルビヤ山を「次高山」、高雄山（エープヒル）を「寿山」と命名しました。次高山は後に「雪山」と改称されましたが、寿山は現在もその名称のままです。

その他

行啓のために草山に新築された貴賓館は「洗心亭」と名付けられました。各地には、行啓を記念する史跡や記念碑が残されています。

まとめ

台湾行啓は、日本の植民地統治政策の成果を示すとともに、皇室と台湾の関係を深める上で重要な役割を果たしました。この訪問は、台湾の近代化を象徴する出来事として、今もなお語り継がれています。

もう一度検索