史 (姓)

史（ふひと/ふみひと）について

概要

「史（ふひと/ふみひと）」は、古代日本の律令制下において、文書作成や記録といった文筆業務を担った渡来人系の官人組織です。当初は「ふみひと」と読まれ、「史人」「文人」「書人」とも表記されていましたが、後に「ふみひと」が略されて「ふひと」とも呼ばれるようになり、表記も「史」に統一されました。彼らは、文字が日本に伝わった当初から、その専門的な知識と技能によって、国家運営に不可欠な役割を果たしました。後に、彼らの組織は姓（カバネ）の一つとしても認識されるようになります。

成立の背景

日本における文字の始まりは、漢字が中国や朝鮮半島から伝来したことに遡ります。文筆や記録といった文字を扱う業務は、初期においては、中国や朝鮮半島からの渡来人によって担われていました。これらの業務に従事した人々が「ふみひと（史人）」と呼ばれ、後に「ふひと（史）」と称されるようになったのです。さらに、彼らの集団は一族や部民を含めて「史部（ふひとべ）」として組織化されました。

職掌と制度化

滋賀県野洲市西河原宮ノ内遺跡から出土した木簡には、「文作人」という人物名が見られます。これは、新羅の碑文にも見られる職掌名と一致しており、史（ふひと）の職務が古代から存在していたことを示唆しています。「ふひと」の制度化は6世紀に入ってからと見られ、史部に属する人々に「史」の姓が与えられるようになりました。『日本書紀』には、欽明天皇14年（553年）に王辰爾が船史を授けられたのが「史」の姓の最初であると記されています。しかし、「ふみひと/ふひと」の制度自体は、この時点ですでに存在していたと考えられています。

「史」の姓を持つ氏族

「史」の姓を称した氏族は、田辺史、阿直岐史、船史、白猪史など、70氏ほど確認されており、そのほとんどが渡来人の末裔です。彼らは、文書作成や記録の分野だけでなく、外交や徴税など、文書を必要とする他の分野でも活躍しました。

東漢氏と西文氏

漢字の伝来に大きな貢献をしたとされる阿知使主の末裔である東漢氏は「直」の姓、王仁の末裔である西文氏は「首」の姓を特別に与えられ、史および史部を管掌する立場となりました。彼らは、渡来人の中でも特に重要な役割を担っていたと考えられます。

八色の姓とその後

八色の姓が制定された後も、「史」の姓を持つ人々は引き続きその姓を使用していました。しかし、天平宝字元年（757年）には、藤原史（藤原不比等の別表記）を避けるために「毘登」と表記を改めたものの、13年後には元の表記に戻されています。この出来事は、当時の社会における「史」の重要性を示すものと言えるでしょう。

藤原不比等と田辺史

『尊卑分脈』によれば、藤原不比等は幼少時に田辺史の一人である田辺大隅に養育され、不比等（史）の名前もそれに由来するとされています。これは、「史」の氏族が単なる官人組織ではなく、有力者たちと深い関係を持っていたことを示唆しています。

まとめ

「史（ふひと/ふみひと）」は、古代日本の歴史において、文字を扱う専門家として重要な役割を果たしました。彼らの活躍は、律令国家の形成と運営に不可欠であり、その存在は日本の文化と歴史に深く刻まれています。

参考文献

阿部武彦「史」『国史大辞典 12』（吉川弘文館 1991年）ISBN 978-4-642-07721-7
佐伯有清「史」『日本史大事典 5』（平凡社 1993年）ISBN 978-4-582-13105-5
森公章「史」『日本歴史大事典 3』（小学館 2001年）ISBN 978-4-09-523003-0
加藤謙吉「史」『日本古代史大辞典』（大和書房 2006年）ISBN 978-4-479-84065-7

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